龍アソ(大逆裁)

四日目くらいからだろうか、洋箪笥が開けられる瞬間が分かるようになった。いや瞬間どころか、こちらに向かって足音が聞こえはじめる前からだ。時間帯だけに限らず急に入用で開けられる際なども含めとにかくすべて分かってしまう。まず気配がして、不明瞭にぐにゃぐにゃと動く。次に靴音が響いてこちらへと向かう。最後に木の擦れ合う音が、耳で拾うにもばかばかしいほどのかすかな音がして、そうしてあまりに眩しい光が差すのだ。
「成歩堂。調子はどうだ」
「悪くはないよ」
そうだ、悪くはない。むしろ感覚が研ぎ澄まされているくらいだから、良いといってもいいのではないだろうか。五感のすべてが敏感になっている。この友の一挙一動を取りこぼしてはならないと鋭敏に悟る。それはもはや生きるための手段だった。
しかしそれにしてはどうにも説明のつかない、感情にすらなり損ねた端くれのものが積もっていくのも確かに感じていた。音にもならない音を拾うたびぼくは目を擦り声を整わせる。膝を揃えて大人しく、親を待つ子のようにじっと待っている。息を潜ませる自分に違和感はずっと感じていた。まるでぼくではない人格が植え付けられたかのような、不思議な感情だった。

その不可解な行動や感情の正体はやがてすぐに判明することになった。あれはきっと性愛の絡んだものだったのだ。友人に抱くにしてはあまりに逸脱していた、汚い色すらも含んだ想いだった。ああ亜双義ぼくは本当は、おまえの声ばかりに聡くなっていた。おまえの生み出す音にばかり熱心にちからを注いでいた。ばかばかしいだなんて笑い飛ばさなければよかったのだ。手首に巻き付くように取りつけられた手錠を見て、ようやくすべてに気が付いた。その時にはおまえはもうここにいなかった。


吊り橋効果プラス不戦敗でさんざん歩堂龍ノ介

龍アソ(大逆裁)

腕章をいつものように右腕につけて狩魔を腰にたずさえ歩く。道標がないのにももうずいぶん慣れた。先頭はぼくで、後ろにつづく人ももういない。長い道のりをずっと一人で歩いていた。
もうどれくらい進んだか分からないほどの道を歩んで、ああそろそろ足も疲れたし休憩を入れようかしらと思った矢先。どこかから聞き覚えのある声を拾う。
「成歩堂」
きょろきょろと辺りを見回すものの声の主は見つからない。こっちだ、と導く音になんとか照準を合わせると、視線の先には亜双義がいた。手招きしながらぼくに微笑んでいる。ああ何だ亜双義だったのか、良かった。思いながらそちらに歩み寄った。
「何処に行こうとしているんだ」
尋ねられて、そういえば何処に向かっているのだったかと考える。まず此処はどこなのかもよく分からない。ぼくは何のために歩いているのだろうか? 思ったことをすべて端的に伝えると、亜双義は「何だそれは」と可笑しそうに呟いた。何だか照れくさくて苦笑いをひとつ返す。
「まあ、ついて来い。この辺りには多少明るいからな、オレの知っているところになら連れて行ってやれる」
「本当か!助かるよ」
やっぱり持つべきものは頼りがいのある友だ。前を行く亜双義に着いて足を踏み出す。先刻までの舗装された道を逸れ、草の生い茂る横道を進みはじめた。前方は冗談のような暗がりで、まったく先の景色がうかがい知れない。亜双義は時たまぼくに振り返ると解けるように笑った。見えない先や明かり一つない周囲はどこか懐かしさすら孕んでいる。
「なんだか思い出すな」
「何をだ」
「密航した時をだよ」
あの時もこんな風に先が見えずに不安で、明かりなんて一つもなかった。僅かな時間だったけれど強烈に身体に刻み込まれた奇妙な体験だ。不安と高揚で毎日眠るのも一苦労だった。
「おまえに誘われなければあんな体験はしないまま死んでいったのだろうなあ。当たり前だけど」
「そうだな。あれはオレの人生で一番の、……」
言葉尻はうまく聞き取れなかった。亜双義の足に迷いはない。明日の晩は何を食べようか、と考えているうちに、辺りに光が見えてきた。真正面では大きな扉が眩く輝いている。此処だ、と亜双義は低くぼくに告げた。
「これでようやく、永遠に、オレとキサマが離れる事は無い」
「そうなのか?」
「ああ。未来永劫だ」
その目があまりに満足気に細められていたものだから、つられてぼくも微笑みを浮かべた。


せっかく天国に向かってた龍ノ介を地獄に誘う亜双義

小ネタ詰め

・大逆裁(龍アソ)


同じ学部の男と問答を繰り広げつつ廊下を歩いていると、同じく同学部らしき男と話し込む成歩堂とすれ違った。目が合い、互いに立ち止まる。「おい、明日」「英語学だっけ」「遅れるなよ」成歩堂が頷いた事を確認し歩を進める。後ろから話し声が聞こえた。「お前亜双義と仲良いのか」「はは。意外だろ」

「やあ君、何処の学部の者かね」やたらに聞き覚えのある声を後ろから浴び、振り向けば其処には学生帽をきちんと被って此方を見やる友の姿があった。そのやけに愉しげな笑みにつられてしまう。「おお、亜双義君じゃあないか、キミ」「ほう、私をご存知で?」「キミを知らない輩など此処にいるものか」
(ホモの茶番)

「この男、貰っていくぞ」亜双義は呟くようにそう告げると僕と談笑していた成歩堂の腕を引っ張りそのまま何処かへと消えてしまった。うおお、という成歩堂の悲痛な声が彼方へと消えていく。二人は仲が良いと聞くので大丈夫だとは思うのだが、それにしても亜双義は何故去り際に僕を睨んだのだろうか。

「亜双義、おまえは元気か?」「…あっはっは!」ぼくの問いを訊いた亜双義は弾けるように大きな笑い声をあげた。相変わらず爽やかな笑顔である。何がそんなに可笑しいのかと困惑していると、背中から畳に倒れて尚笑い続ける亜双義が絞り出すように言った。「霊にその質問とは、はは、正気かキサマ!」
(母と暮せばパロ)

「亜双義、それじゃあぼくはもう未来永劫、おまえと共にいられるのか」「ああ、そうだ」「嬉しい、嬉しいよ、ああ、ようやく……」「さあ、オレの手をしっかりと掴め」
(母と暮せばパロ2)


・その他

話が終わると博士は私に手を振ってゆっくりと違うところに歩いていった。私は赤くなった自分の顔を風で冷やしながら、「ようりつ」の意味をこっそりロトムに訊いた。あの人の言うことの意味をすこしでもわかっていたかった。
(ポケモンSM/ミヅクク)

「このマラサダは一人で食べちゃったけどさー、残りはポケモンと食べるんだー」「一緒に食べたほうが美味しいしねー!」さっきそう言って笑ってたハウも今は疲れたのか私の肩にもたれて眠っている。窓の外で光るたくさんの灯りは海の上でにじんでぐにゃぐにゃになっていた。ハウが寝ながら笑っている。
(ポケモンSM/主人公♀とハウ)

デートみたいだね、と言いかけてやめた。僕らしくない言葉だと思ったからだ。ルドガーはキジル海瀑の景色を見渡しながら手のひらを陽にかざす。「なあ」「ん?」「デートみたいだな」反射的に振り返れば彼はいたずらっ子のように笑っている。ああエルに似てるな、と思いかけたところでかぶりを振った。
(TOX2/ジュルド)


「なあ、今まで散々もしも話ってやつされてきて、うんざりだと思うけどよ。最後に一個だけさせてくれ。もしも俺がお前の兄貴だったら、絶対早いうちにやってられっかっつってどっか遠くに逃げてたよ、お前連れて。それでお前とてきとうなことして笑って暮らすんだ。そういう世界はさ、……なかったなあ」
(TOX2/アルルド)

龍アソ(大逆裁)

それは図書館で亜双義の目当ての本探しを手伝っていたときのことだった。お互い同時に本を発見して同時にそこに手を伸ばし、背表紙に触れた瞬間に互いの手がぶつかってしまう。慌てて双方手を引っ込め、ぼくは「ごめん」と亜双義に簡潔に謝った。何故か返事は返ってこない。気を取り直して本を取り出し、表紙をしっかりと確認して聞いていたとおりの物だと確信する。
「ほら、これ」
そう言って亜双義に振り返り本を差し出す、つもりだったのだが。目の前のその表情を前にした途端、ぼくは手から本を取り落としてしまった。バサリと紙と地面がぶつかる無慈悲な音がする。
「……落とすな」
たっぷりの間を空けてそう呟いた亜双義の顔は、その首の後ろで普段より妙ななびきかたをしているハチマキのように、とてつもなく赤い。人間こんなに赤くなるものなのかしらん、と思ってしまうほどに赤かった。何故と一瞬考えたけれど、原因なんて一つしか有りはしないのだから困ったものだ。たかだか指先と指先が触れただけだというのに、ああ友よ、いったいどうしてしまったんだ。隠し事が下手な訳ではないだろうに、そんな様子を見せられてしまっては何もかも察してしまう。ぶつかった人差し指からじわじわ熱が放たれて、それはすぐに身体中を駆け巡った。顔が特に熱い、たぶん目の前の男と同じような色味をしている。落ちた本を拾いもせずにただ見つめている亜双義とそんな亜双義に目をやっては逸らすぼくという一種の地獄絵図は一定時間続いてしまい、埒が明かずに雑巾のように言葉を絞ったのはぼくなのであった。
「……こどもでも照れないぜ、これくらいじゃ」
「………たたっ斬るぞ」


煩悩

龍アソ未完(大逆裁)

おめでとう!と杯を交わし合って盛大に祝いを遂げた夜、半ば引きずられるようにして部屋へと招かれた。一歩足を踏み入れた瞬間に布団へと突き飛ばされ、そこから先は言わずもがなといった感じの様相を呈している。ぼくを気丈に見上げる亜双義の喜ばしげな眼差しが、こちらからすれば猛毒だった。ああ今毒のことは思い出したくない、違う例えにすれば良かった。
「この三日は想像を絶するほど耐え難いものだっただろう」
「よくこらえた」
「さすがはオレの相棒だ」
どんどん態度と言葉が軟化というか、柔らかくなっていく。ついでにぼくに向ける視線も驚くほど甘いものになっていた。先刻まで書き留めておけだとかチョコザイなるなんとかだとかぼくに言っていた男とはまるで別人のようだ。頬を撫でられるたび溶けそうになる。なんとか理性を繋ぎ止めるため顔を逸らし肩口に光る汗に目をやったけれど、確実に逆効果でしかなかった。


オチわすれた!イエーーイ
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