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セトウツ未完(瀬戸内海)

「初夜いうやつかこれ?」
「は?」
「いや、今の状況。俺がお前の家泊まる。お前一人暮らし。当然二人きり。ほんで俺ら」
「おん」
「こ」
「こ?」
恋人同士、とずいぶんな先細りを音声で表してから瀬戸はバッと俯いた。その耳は真っ赤に染まっている。いや、言い出したんお前やし、言ってる最中のこっち照れさしたろみたいな態度どこいってん。言葉と態度のデクレッシェンドが過ぎる。
「お前がそう思うんならそうなんちゃう」
「なんやそれ、その感じイヤやわなんか。俺に全部委ねるみたいな態度よくないで」
「いや、そんなん言われても。相手ありきのことやから俺の一存で『初夜や』とはならん訳やし」

セトウツ未完(瀬戸内海)

「熱中症ってゆっくり言うてみて」
言うと、内海は無言で俺のほうを向いた。完全な無表情。その視線はすぐに俺から逸らされ、無表情男はスマホを取り出した。やがて検索画面を俺に見せてくる。『熱中症 ゆっくり』。検索結果、『ねえ、チューしよ』。
「ネタが古いねん」
「古いとかある?こういうの」
「だいたい今真冬やねん。熱中症と縁遠い季節にチョイスするネタちゃうやろ」
鼻の頭を赤くした内海が俺を睨みつけてくる。あまりの寒さに悴んだ自分の両手はポケットの中で震えていた。今日は朝に雪が降ったらしいから本気と書いてマジで寒い。熱中症のねの字もないのは百も承知ではある。
「でもべつに真冬に熱中症のこと言うてもええやろ。常日頃から温暖化によって深刻な暑さになっていくこれからの夏を一足先に心配してる気持ちがまろび出てもうてん」
「その心配の種を不純な動機に利用しようとしてもうてるやん。薄い偽善やな」

セトウツ未完(瀬戸内海)

真夏。ふと隣を見ると内海の首の後ろに後ろ髪の何本かが張り付いていた。かなりの猛暑のせいで涼し気な顔と裏腹に内海の首には汗が光っている。その光からなんとなく目が離せなくなった。
「暑いなあ」
独り言レベルの声音で呟いた内海に『そうやなあ』と軽く同調する。その間も俺は内海の首筋を眺めていた。汗がすっと流れ落ちていく。それは血管とか骨とかを伝うとシャツの中に滑り込んでいった。亜空間みたいな、ゲームのバグみたいな感じで。かと言って滑っていった汗がヒュンッと消えるわけじゃない。

セトウツ未完(瀬戸内海)

朝、いつもどおり半分寝たまま登校してたら校門に樫村さんが立っていた。え、俺のこと待っててくれたんかな?と一瞬思うが頭の中に住むめちゃくちゃ冷静な俺の人格が内海でも待ってんのかなあと呟く。我ながらもうちょっと夢見てもええやろ。脳内の自分の口を塞ぎつつ軽く咳払いをしながら樫村さんに近づいた。
「樫村さん、おはよう」
あかんちょっと声掠れた。もう一度大きく咳払いをする俺に振り向いた樫村さんはいつもと同じように最高の笑顔をこっちに見せてくれる。天使やなあ。しかも振り返った瞬間にめちゃくちゃいい匂いがした。なんやろ、香水とかシャンプーとかとはまた違うような。お寺の侘び寂び感が漂う匂いがする。
「瀬戸くんおはよう。内海くん見てない?」
浮かれていた気持ちが一瞬にして地に沈む。やっぱり内海待ちか。わかってたけどいざ言われると切ない。
「内海今日はまだ見てないわあ。なんか用事あるん?」
「うん、ちょっと渡したいもんあって」
「……そうなんやー」
心臓がドキドキと高鳴りはじめ額に汗が滲む。渡したいもんって、え、まさかラブレターか。恋文か。恋文やったらどうしよう。それであまつさえ内海がオッケーしたらどうしよう。今日は俺の失恋記念日か?
手の汗をさりげなく学ランで拭きながら樫村さんのはにかんだような微笑みを見つめる。『何渡すん』って訊いてもええんか、これ。ウザがられるか?詮索されたら嫌やでな。でも気になる。日常会話っぽく訊いたら大丈夫かな。
平静を取り戻すためにすーっと息を吸う。校門に入っていく人間たちをじっと眺める樫村さんを改めて見つめ、「何渡すん?」と自然体を意識しながら尋ねた。最初の『な』が裏返ったがもうスルーしてくれることを祈るしかない。
「ああ。えっと、うちのお香。何個かあるからまたあげようと思って」
言いながら樫村さんは鞄を探って、可愛くラッピングされたお香を取り出す。あ、ラブレターじゃなかったんや。安心で膝から崩れ落ちそうになるがなんとか足を留まらせた。いい匂いやよ、と天使はにっこり笑う。
「私も朝部屋で焚いててん」
「あ、それで今日いい匂いするんや!なんか落ち着く匂いやなーと思っ」
「あ、そろそろ教室入るね。瀬戸くんも入ったほうがいいんちゃう?」
「……うん、そうするわ」
切ない気持ちを噛み締めながらバイバイ、と手を振り天使と別れる。お香いいなあ。俺も部屋に焚こかな。この匂いええでーみたいな感じで樫村さんとの会話のきっかけになるかも知れん。でもまたじいちゃん出ていってまうかな。オトンもキレてきそうやな。
早々に計画を諦めて、ため息をつきながら校舎へ歩き出す。教室に着いたあたりで内海からLINEが来て、見てみると『今日川行かれへん』と書いてあった。忙しいんかなあ。樫村さんちゃんと内海に会えたらええけど。いや会えんくてええけど。もうそのまま何日か行方くらましてお香渡されへんようなってくれ内海。南無南無、と両手をすり合わせ祈っていると田中くんが「瀬戸どうしたん?」と微妙なニヤけ面で喋りかけてきた。何わろてんねん。


次の日の放課後、いつもどおりに川に座っていると後ろから近づいてくる足音がした。内海かな、と思いつつバルーンさんの風船が弾けるのを眺めてると、ふいにいい匂いが漂ってきた。最近嗅いだことのある匂い。ていうか、昨日嗅いだ匂い。……樫村さんの匂いや!ということはまさか、今うしろにいるのは──。
「ごめん遅なった」
「内海かい!」
「え?なんなん」
キョトンとこっちを見つめる内海の体からはお寺の侘び寂び感溢れる匂いがする。なんやこいつ、樫村さんと会うてたんか?匂いが移るほど?えっ……匂いが移るってなに?疑念が頭の中でドラム式洗濯機が如く渦巻き続ける。内海は俺を怪しそうに見ながら隣に腰掛けた。パン!と勢いよく弾け飛ぶ風船の音を聴きながら内海を穴が空くほど見つめる。
あ、そういえば樫村さんが内海にお香あげるって言ってたな。なるほど、じゃあ内海はもらったお香を焚いたから樫村さんと同じ匂いになってるワケか。樫村さんとずっと一緒におったから匂いが移ったわけじゃないんや、たぶん。いちおう確認のために内海に訊いてみることにした。
「昨日樫村さんからお香もらった?」
「ああ、もらったけど。何で知ってるん」
やっぱりか。ホッと胸を撫で下ろしながら昨日の樫村さんとの会話を伝える。
「ていうかお前、樫村さんとおんなじ匂いのんは止めてくれ。変な誤解してまうやん」
「まあ出来るだけ匂いつけんようにするけど、向こう次第でもあるからな」
「あーあ。ええなあ。樫村さんに物もらえて」
「言うほどいいか?樫村さん」
「お前のその感じほんッッまに信じられへんわ。眼鏡の度合ってるんか?」

セトウツ(瀬戸内海)

「瀬戸」
「なに?」
「お前、したことあるん。こんなん」
「ないよ」
シャツの下に差し入れた手は内海の乳首に触っていた。寒いせいかこの状況のせいなのかわからないがピンと立っている。当たり前だが内海の胸は柔らかくはない。でもそんなことはどうでもよかった。内海のちくびに触っているのだ俺は。内海のちくびに。
「彼女できたことないんやっけ?」
「ないない」
「サッカー部入ってるときモテてたいうてたやん」
「でもほんまに好きやないと付き合いたくなかったからなあ」
「昔も今も純度100%の乙女やな」
いろいろ会話しつつ俺の意識はもう内海の肌とか息遣いとかあったかさとか乳首とか乳首とかに捕らわれていた。めちゃくちゃ擦り合わせて摩擦であったかくしたつもりだが、それでもやっぱり俺の手は冷たいのかさっきから内海がびくびくと体を震わせている。申し訳ないと思いつつそれにすら興奮するから重ね重ね申し訳なかった。暖房いつきくねん、ごめんな内海。乳首いじったら怒られるかな。ごめんな内海。
「っ」
親指の腹で乳首を撫でるように押してみると、内海の体が今日一番大きく跳ねた。震えた吐息が口から漏れる。指はなにかに耐えるようにじゅうたんを引っ掻いていた。頭がぼーっとする。仏像より仏頂面なときのある内海が、俺が触っただけでここまで反応するのか。まゆげが歪んだりまつげが震えたり目の奥が濡れたり、それが全部俺の手柄だというのか。みんな、内海ってこんなにエロエロなんやで知ってる?まあ誰にも教えへんけども。
「痛くなかった?」
「痛くはない」
「気持ちいいとかは」
「わかれへん」
いつもよりずっと子供っぽい口調でその舌がまわる。ちょっと不安そうではあるが嫌がっているという感じではなかった。もう一度乳首を撫でて、次はちょっと摘んでみる。
「あ、それちょっと痛い」
「えっ!ご、ごめんなさい」
なぜか敬語になりながらすぐさま手を離す。内海は軽く息を吐いて、自分の手をシャツの中に滑り込ませた。胸をさすりながら俺をちらりと見てくる。
「……いや、わかれへんわ。もう一回触って」
「え?」
「もう一回触って」
二度目の『え?』を繰り出すがヤクザ漫画の一番怖いヤツみたいな目で睨まれたので大人しく口を噤む。今の録音してたらよかったなあと思いながらまた内海の胸に手を滑り込ませた。無事ちくびまでたどり着き、さっきのリベンジで優しくそこを摘む。
「ん」
「……どう?」
「……」
わかれへん。今日何度目かのそれが飛び出す。頭よくて何でも知ってる内海が、今なんにもわからず戸惑っている。それだけで脳みそと胸のあたりが沸騰しそうになった。怒られるのを覚悟でもう一回触ると、また小さく吐息が漏れる。でも痛そうとか嫌そうとかそんな素振りではないように思えた。むしろ、ちょっと良さそうやけど。さっきよりも目が熱っぽくなったように見える。
「あー……悪くはない?」
「……ていうかさっきから乳首ばっかり触りすぎちゃう?なんで乳首なん」
「ええ?なんでって言われても」
「なんも出えへんで」
「……そんな母乳的なもんは期待してへんけど」
改めて内海の体を正面から見据える。薄く色づいたその二つは、内海の心配になるほど生白い肌の上で際立って見えた。それがどうにも、特別感があるように思える。見てはいけないものを見ているような、非日常的な感覚がする。これは言葉で説明するのは難しい。が、あえて簡潔に言うならばこれしかない。
「お前の乳首さわれるのが幸せやねん」
「……ありがたい壺みたいな扱いやな、俺の乳首」
もうええわ、と言って内海は諦めたように肩の力を抜いた。その乳首は相変わらずぴんと立っている。暖房はすでにきき始めているので、今のこれは寒さのせいではないらしかった。……つぎ、舐めたら怒るかなあ。ごめんな内海。
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