ユキハル(つり球)

「ユキだいすき」

ハルを好きになって数ヶ月、ついになにもかも我慢できなくなった俺はハルを押し倒して愛撫して好きだとかなんとか言いまくりながら俺のまだ知らなかったハルを強引に知った。どうしたのって不思議そうに首を傾げたハルはだんだんと不安そうに眉を下げてなにするのって言って、それでも俺はお構いなしにハルの首筋とふとももにキスマークをつけた。やだ、とは言わなかったけどハルは涙を流していたし、ああもうだめなんだな、友達としての俺たちは終わっちゃって、もう一緒に暮らすこともできなくなるかもなあなんて、俺は心の隅で嗚咽を漏らしながらしくしくと水たまりを形成していたのに。白く染まる空たちの淡い色を浴びたハルは、俺にこう口を開いたのだ。だいすきって。ばか、俺はおまえに正反対のことをしたのに、何も知らないおまえを自分勝手に傷つけてしまっただけなのに。痛いっておまえ言ったじゃないか。こわいって、きれいなおまえの瞳はそう語っていたじゃないか。なのに額にべったり汗を浮かべたハルは、なによりもかわいく俺に微笑むのだ。幸せそうにさえ見えてきて、俺の口は自然と動いていた。やめろよ、って。しかしハルは、ぽかんとした顔でなんでと問うのだった。大嫌いって言えばいいじゃないか、こんなにもひどいことをした俺を許さなければいいんだ。なあハル、俺はおまえに責められたいよ。でもおまえは俺を好きって言う。だから俺は、これ以上ないってくらい嬉しくて、そして悲しかった。ぼろぼろと情けないほど涙が出る。ハルの目元に落ちたそれはさっきまでハルが作っていた涙の道筋をたどって、ゆるりとしろい頬を撫でていた。ほんとうは、それがきっと正しい姿だ。俺を嫌悪して泣くハルこそ、いま俺が見るべきハルなのに。

「ごめん」
「? ユキ、なんで謝る?」

ぱちくりと目を瞬かせるハルが俺はかわいくて仕方がなかった。ああ、明日になれば俺はおまえを想って自慰に耽る日々へと帰るよ。


オナニーマスター真田

ユキ夏未完(つり球)

初めて夏樹と手をつないだ。風の冷たさが身にすり寄る秋の日のことだ。去年よく着た気に入りのセーターを纏う俺は、もういっそ半袖でもよかったんじゃないかなんていう無茶でばかなことをふと考えたりしてしまっている。だって、だって好きなひとと手をつなぐだけでこんな戸惑うくらいの熱が体に宿るだなんて思ってもみなかったんだ。指先が触れたときに走った電流にも似ている感覚は、この先なかなか忘れられそうにない。冷気にさらされていた夏樹の手は意外にもほんのりと熱を持っていて、筋張ってかたいそれはでも少し柔らかかった。夏樹は何も言わずただひたすらに歩いているだけだけれど、少し足を進める速度は速くなったかもしれない。俺はと言えば、恥じらいが荒波のように心のなかを打ち乱れるおかげで、夏樹の顔をきちんと見れずにただ俯いているのみだ。木枯らしがまたふたりにゆるりと寒気を運んでくるけれど、そんなものはもうなんともどうとも思えない。ああ汗さえかいているかもしれない、手とか、手とか、あと手とかに!

「ユキ」

思考の海が俺を冷静とは対極の位置に押し流している最中、唐突に夏樹が俺の名前を呼んだ。世界中の優しさを詰めこんだような、でも戸惑いに自分を彩られているような声で。とっさに顔をあげて、なに、って返すことができたのはまだよかったけれど、声色が完全に裏返ってしまったのはよくなかった。ああもう羞恥が沈殿していく。俺の間抜けな返事にすこし笑った夏樹は歩く速さを緩め、つないでいる手の力をちいさくだけど確実に強めた。ぎゅって伝わる感触は、濃縮された幸せみたいに手のひらに残る。たぶん俺はこの暖かみに照らされる感情をひとつの言葉として知っていた。シンプルなのに魅力的で、月にも似たきれいな言葉だ。

「好きだ」

言葉の答えは夏樹の唇でするりと紡がれた。

主足未完(P4)

「初めまして」
利口そうなクソガキはそう言った。見ているとイライラするすまし顔だった。俺、いや僕は慣れた笑みをへらりと浮かべ、そいつに向けての外面を形成する。しかし奴の光る銀色の瞳は、僕のそれをそこに映さなかった、ように思えた。考えるとあそこから奴の推理は始まっていたのかもしれない。しかしそれにも関わらず、物語は典型的なバッドエンドといった形に落ち着いてしまうわけだけれども。見透かされるのではないか、という俺の微かな心配は杞憂と化し、けっきょくあいつらの言動は探偵気取りのヒーローごっこだという事実を如実に浮き彫りにさせただけの話だった。簡素で陰鬱なエンドロールが流れる。俺はそのとき、もうどうしようもないくらい拍子抜けしていた。実は犯人だと信じていたやつはそうじゃなく、真犯人はこれからものうのうと生きていくということを知ったらあいつらはどうなるんだろうか。道端でうずくまるガスマスクをつけた男を見つめながら、バカばっかだと心中で呟いた。今日も霧は濃い。

「足立、さん?あれ、なんで」
2回目に僕を見た奴は途端に目を丸くした。次にさっきまでの悠然とした態度とは打って変わって、小刻みに体を震わせ始める。目前の堂島さんは突然の彼の変化に驚きどうした、と彼を案じ、隣にいた天城雪子とそのツレの女も心配の声を一言か二言かけていた。が、奴はそれさえ聞こえない様子で、何がなんだかわからないというように頭を振ってから走り去ってしまう。吐き気を胸に抱えたままの俺はそれをぼんやりと眺めていることしかできず、奴の足音が遠ざかっていった頃には視界がチカチカしてきたのでとりあえず吐いた。たぶんあいつは、僕の顔を見た瞬間に1回目の記憶を思い出してしまったんだろう。どうして俺を見て思い出すのかはまったくわからないが。しかし僕もわりとへぼい精神力を持ち合わせているんだなあ。2回目なのに吐くなんて。2回目の彼はどうやらこの繰り返す時間に馴染めず、みんなのヒーローになるのに少し時間がかかったようだ。前みたいな探偵気取りを続けるには動揺が大きすぎたんだね。

ユキハル(つり球)

死ネタっぽい
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最近ハルの元気がない、気がする。態度こそいつもと変わりなくうるさいくらい元気なんだけれど、ごはんはよく残すし必要以上に眠るようになった。すこし心配になって体調悪いのかとある日問いかけたが、ちょっと渇いてきちゃってるだけだと思うから大丈夫と言ってハルは笑うだけだ。それならと、俺はハルに水をやった。庭のホースを使ってばしゃばしゃと。ハルは気持ちよさそうに目を細め、ユキありがとうと微笑む。その姿にほっと胸をなで下ろし、これでもう大丈夫だろうと顔を綻ばせた。でも次の日ハルはまた昼過ぎまで眠っていて、用意してあったごはんも半分しか食べていなかったので俺はさめざめと悲しくなってしまった。ごはんを食べるとまたすぐきれいに目を閉じて毛布を鼻まで被るハルを見つめ、なんだかもう恐ろしく暗い色をした感情を胸に持て余す。水が足りていなかったのかもしれない、そうだ、きっと昨日のあれじゃ足りなかったんだ。そう納得して浅く夢をみていたハルをやんわりと揺り動かし、手を引いて庭へ連れ出した。そうしてハルに昨日より多くの水をかける。ハルはふふ、なんて風に緩く笑みながら瞳を閉じてただじいっと佇んでいた。しばらくしたときハルの体がふらりと揺らいだので、とっさにその細い体を受け止める。俺の手の中でちいさく咲くハルの目を見て、なんだか無性にむなしくなった俺はハルをきつく抱きしめた。なんでだろうな、なんでだめなんだろう。そう呟くとハルは、ユキ、と聞いたことがないくらいの優しい声色で紡いで、俺の頬に手を添える。そしてばかみたいにきれいな顔でこんなことを口にするのだ。

「ほんとはずっとわかってたくせに」

大好きだったよ、さよなら。とハルは言って、そうしてすぐに俺の手の中から消えてしまった。後にはさみしい俺とちゃぷちゃぷと音を立てる水鉄砲だけが残った。


ハルちゃん人間より短命だったら悲しいなみたいな話
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