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晶冠(輪ピン)

僕の密かな想いはまさしく夜行列車だ。古びた車内のなかで無機質に存在する固い椅子に、静かに腰を下ろしているようなそれだった。がたんごとんと一定のリズムで僕らを揺らすそこでできればまっかな愛に似せた果実を分け合いたかったけど、残念ながら僕はそうすることができなかった。単純な話、僕は目の前のおとこに対するための果実を持ち合わせていなかったから。愛による死、死を選択するほど想う愛が存在しなかったということ。それに、たとえ僕が愛のために死を選択しようとも、そうしたいと願おうとも、目先のそいつがそれを否定した。選択する相手は俺じゃないだろうと、優しく諭すのだった。僕にはあった、選択する自信が確かに。けれど言葉を発することのないまま閉口する。人には優先事項というものがあって、僕のそれの一番は、彼じゃなかった。彼にとっての一番も僕じゃない。ふたりの一番は同じだった。まるで脳が繋がっているように、本当に僕らが繋がっているかのように。誰のために何をするかと問われれば、形は違えど同じ結論に二人は導かれるのだ。僕は、あの子のためだからと言ってすべてを捨て置くことはできない。けれどそれではいけないんだ、それじゃあの子を守れない。果実はふたつもみっつもない、たったひとつ。手のひらに降り落ちたそれだけ。僕の一番はきっといつだって不動のもので、僕が探し求めているものは、僕がどれだけ願ったって手に入ることはこの先もずっとない。だから僕は口を閉ざしてしまった。甘いにおいも何も漂わない、時が止まったような空間の中で、僕を見つめる冠葉は優しく微笑んでいる。兄貴、の顔を、しているのだ。さながら宇宙のような兄のおもいを弟の僕が読み取ることはできない。弟じゃないのなら読み取ることができるんだろうか、なんて忌々しい思考は殺してしまわなければならなかった。悲しみにも暮れられない僕は窓の外に視線を放り投げる。散り散りの星が瞬いていた。向かいの兄貴は長いまつげをはためかせ同じように窓に視線を向けている。それからぽつりと、おまえのにいちゃんになれてよかったよ、と。優しく追い討ちをかけるのだった。目を瞑って、うんと返事をすればそれまで。いまここにいるのはただの双子の兄弟だ。僕も兄貴の弟になれてよかったと、そんな答えしか用意はされていなかった。いつか僕の想いも事象の地平線に成り変わることができるだろうか。なにもかも封じこめておけるようになる日が来るんだろうか。いや、そうならなくちゃだめなんだ。そうだ、カンパネルラに恋したジョバンニなんて話は聞いたことがない。


そのうち書き直したいなあ

高倉晶馬(輪ピン)

僕は愚かに思考していた。海に沈むんだみんな。難破船に乗り込んで幾ばくか時が経って、もうそこが家になりかけていたというのに。突然崩れだした。そういえば僕は僕というひとりの人間であり個体であり子供なのだ。冠葉は冠葉という人間であり陽毬は陽毬という人間なのだった。白い憂いを握りしめて土を蹴ることしかどうせ僕にはできやしない。僕は高倉晶馬だ。そして今日も表札には三人分の愛と戒めが詰め込まれている。僕の元素はガムテープの下に眠っているだけだ。そうすることで僕たちはカラフルになれたのだから。カラフルにならなければいけなかった、と言ってしまえばそれで終わりだけど、モノクロよりはいいじゃないか。僕たちの見えない糸も蛍光色で塗ってしまえばいいんだ、そうすれば糸を辿っていつでも会える。ああビビッドにすべてを任せてしまいたい、それが意図だなんて信じない。
でも、ひとつ、考えたことはあった。果たして僕たちはそれぞれの意志をほんとうに「僕たちの総意」と言い切ることができたのか。直列の思考回路を望んだって並列にしかなりえない人間たちの脳のつながりの中で、僕たちだけは違うと主張できたことはあっただろうか。なかった。そんなはずはないのだ。僕は誰にもなれないしあの子だってあいつだって何者にもなれないだろう?総意なんてうそっぱちなのだ。総じた意なんてこの世界には存在しない。僕は高倉晶馬だ。あいつは冠葉だ。あの子は陽毬だ。当たり前のことに気づけばとうとう僕はひとりになってしまった。励ますように回る換気扇が怖くて仕方がない。さて、これから僕は足掻かなければならないのだろう。


どんより晶ちゃん

晶冠未完(輪ピン)

なあ僕って陽毬に似てるだろ。なんてね、ばかなことを言ったもんだ。だからなんだって言うんだろうね。

「晶馬?どうしたんだ」

兄貴は困惑を包み隠さず僕の前で露呈させる。きれいに整った爪が畳を掻いた。兄に覆い被さる僕は今、どんな顔をしているんだろうか。切羽詰まったような、余裕のないような、そんな顔をしてるんだろうなあ、どうせ。いつも兄貴の前ではどうやったって格好がつけられない。

「なんなんだ晶馬、プロレスごっこなら遠慮しとくぞ」

はは、と零された笑みが緩やかに空気に融ける。優美を感じさせるその微笑をいったい今まで何人の女の子に見せてきたんだ、なんて馬鹿げた問いが頭に浮かんだけれど、当然すぐに脳内から抹消した。そんなことを訊いてもどうにもならないんだ。

眞悧と冠葉(輪ピン)

渡瀬眞悧は俺の胸に人差し指を突きつけた。制服と皮膚の底に隠したものを探り当てられたような気分だった。赤い瞳が俺の緑を染める。桃色の長髪がふわりと揺れた。綻びた口元は相手を安心させるためのものなのか、相手に恐怖を与えるためのものなのか。一概に笑顔といってもたくさんの種類があるが、渡瀬眞悧の場合はその笑顔がどれに分類されるものなのか、少なくとも俺には区別がつかなかった。渡瀬眞悧はただゆるりと笑っていた。

「どうだい?」

見た目のわりに低い声が鼓膜を揺らす。何が、とは奴も言わなかったし俺も訊かなかった。掠れた声を聞かれたくはなかったのだ。だから俺はただ黙って渡瀬眞悧を見つめていた。奴の赤を俺の緑で染めあげるために。しかし奴の瞳はいつまでも真っ赤なままだった。そうして赤が細められる。とん、奴の人差し指がついに俺を突いた。

「シビれるだろう?」


(^O^)?

晶冠未完(輪ピン)

「おとなになったらひまりをおよめさんにもらうんだ!」

そう言って陽毬の手をとり笑う幼い兄貴の顔は今も鮮明に思い出すことができた。それに対して意味がわかっておらずただにっこりと笑った陽毬の顔も、二人を見て和やかに微笑む両親の顔もしっかり記憶している。ただ、その直後に僕が兄貴に言った言葉が、どうしても思い出せなかった。兄貴の左手と陽毬の右手、両方をとったところまでは覚えている。けれどそこから先の記憶がどうも曖昧だ。僕はあのとき、なんて言ったんだっけ。
陽毬の退院が近づくある日、いつもどおり男二人の華がない朝食の席で、ふとその話題を切り出してみた。喉元まで出掛かった答えがどうしても気になったのだ。きっと大したことはないものだったんだろうけど、このまま忘れっぱなしにしておくのは少々腑に落ちなかった。玉子焼きを掴む箸の動きがぴたりと止まり、すっとした目元が珍しくぱちくりと見開かれる。僕と同じ色を持つ瞳いっぱいに僕の姿が映った。

「また懐かしい話を持ち出してきたな」

かなり昔の話だし、そんなこととうに忘れてるんじゃないだろうかと懸念していたけれど、どうやら兄貴はあのときのことをちゃんと覚えているらしかった。陽毬関連のことに関してはやけに記憶力が優れているところは前から変わっていない。わりと長いまつげを伏せてずず、と味噌汁を啜る兄貴に問いかけてみる。

「あのとき僕がなんて言ったか、兄貴覚えてる?」

漬け物をこりこりと音を立てて食す兄貴は、それを最後まで咀嚼し飲みこんでからふっと口角を上げた。いつも女の子に向けるような優しい笑顔じゃなく、僕専用の、意地の悪いほくそ笑み。

「ああ、覚えてる」
「…僕、なんて言ってた?」
「言ってもいいのか?」

何を言ったんだ、あの日の僕は。少なくとも、兄貴に僕をからかうためのネタを提供してしまったことは間違いない。聞きたいような聞きたくないような、狭間で気持ちがゆーらゆらと揺れる。兄貴は僕の悩める姿をにやにやといやらしい笑みを維持したまま見つめていた。ああもう本当に何を言ってしまったんだ僕は。気になるけれど聞くのが死ぬほど恐ろしい。味噌汁から立ち上る湯気を見つめ一瞬迷った結果、僕が出した答えはなんとも臆病なものだった。知らぬが仏ということわざの使い時はきっと今だ。

「…やっぱいい」
「なんだ、いいのか?つまらんな」


僕は冠葉をお嫁さんにもらうよ的なことを晶ちゃんに言わせたかったんですが迂闊に高倉家の過去が書けなくて詰んだ
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