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セトウツ未完(瀬戸内海)

「熱中症ってゆっくり言うてみて」
言うと、内海は無言で俺のほうを向いた。完全な無表情。その視線はすぐに俺から逸らされ、無表情男はスマホを取り出した。やがて検索画面を俺に見せてくる。『熱中症 ゆっくり』。検索結果、『ねえ、チューしよ』。
「ネタが古いねん」
「古いとかある?こういうの」
「だいたい今真冬やねん。熱中症と縁遠い季節にチョイスするネタちゃうやろ」
鼻の頭を赤くした内海が俺を睨みつけてくる。あまりの寒さに悴んだ自分の両手はポケットの中で震えていた。今日は朝に雪が降ったらしいから本気と書いてマジで寒い。熱中症のねの字もないのは百も承知ではある。
「でもべつに真冬に熱中症のこと言うてもええやろ。常日頃から温暖化によって深刻な暑さになっていくこれからの夏を一足先に心配してる気持ちがまろび出てもうてん」
「その心配の種を不純な動機に利用しようとしてもうてるやん。薄い偽善やな」

セトウツ未完(瀬戸内海)

真夏。ふと隣を見ると内海の首の後ろに後ろ髪の何本かが張り付いていた。かなりの猛暑のせいで涼し気な顔と裏腹に内海の首には汗が光っている。その光からなんとなく目が離せなくなった。
「暑いなあ」
独り言レベルの声音で呟いた内海に『そうやなあ』と軽く同調する。その間も俺は内海の首筋を眺めていた。汗がすっと流れ落ちていく。それは血管とか骨とかを伝うとシャツの中に滑り込んでいった。亜空間みたいな、ゲームのバグみたいな感じで。かと言って滑っていった汗がヒュンッと消えるわけじゃない。

セトウツ未完(瀬戸内海)

朝、いつもどおり半分寝たまま登校してたら校門に樫村さんが立っていた。え、俺のこと待っててくれたんかな?と一瞬思うが頭の中に住むめちゃくちゃ冷静な俺の人格が内海でも待ってんのかなあと呟く。我ながらもうちょっと夢見てもええやろ。脳内の自分の口を塞ぎつつ軽く咳払いをしながら樫村さんに近づいた。
「樫村さん、おはよう」
あかんちょっと声掠れた。もう一度大きく咳払いをする俺に振り向いた樫村さんはいつもと同じように最高の笑顔をこっちに見せてくれる。天使やなあ。しかも振り返った瞬間にめちゃくちゃいい匂いがした。なんやろ、香水とかシャンプーとかとはまた違うような。お寺の侘び寂び感が漂う匂いがする。
「瀬戸くんおはよう。内海くん見てない?」
浮かれていた気持ちが一瞬にして地に沈む。やっぱり内海待ちか。わかってたけどいざ言われると切ない。
「内海今日はまだ見てないわあ。なんか用事あるん?」
「うん、ちょっと渡したいもんあって」
「……そうなんやー」
心臓がドキドキと高鳴りはじめ額に汗が滲む。渡したいもんって、え、まさかラブレターか。恋文か。恋文やったらどうしよう。それであまつさえ内海がオッケーしたらどうしよう。今日は俺の失恋記念日か?
手の汗をさりげなく学ランで拭きながら樫村さんのはにかんだような微笑みを見つめる。『何渡すん』って訊いてもええんか、これ。ウザがられるか?詮索されたら嫌やでな。でも気になる。日常会話っぽく訊いたら大丈夫かな。
平静を取り戻すためにすーっと息を吸う。校門に入っていく人間たちをじっと眺める樫村さんを改めて見つめ、「何渡すん?」と自然体を意識しながら尋ねた。最初の『な』が裏返ったがもうスルーしてくれることを祈るしかない。
「ああ。えっと、うちのお香。何個かあるからまたあげようと思って」
言いながら樫村さんは鞄を探って、可愛くラッピングされたお香を取り出す。あ、ラブレターじゃなかったんや。安心で膝から崩れ落ちそうになるがなんとか足を留まらせた。いい匂いやよ、と天使はにっこり笑う。
「私も朝部屋で焚いててん」
「あ、それで今日いい匂いするんや!なんか落ち着く匂いやなーと思っ」
「あ、そろそろ教室入るね。瀬戸くんも入ったほうがいいんちゃう?」
「……うん、そうするわ」
切ない気持ちを噛み締めながらバイバイ、と手を振り天使と別れる。お香いいなあ。俺も部屋に焚こかな。この匂いええでーみたいな感じで樫村さんとの会話のきっかけになるかも知れん。でもまたじいちゃん出ていってまうかな。オトンもキレてきそうやな。
早々に計画を諦めて、ため息をつきながら校舎へ歩き出す。教室に着いたあたりで内海からLINEが来て、見てみると『今日川行かれへん』と書いてあった。忙しいんかなあ。樫村さんちゃんと内海に会えたらええけど。いや会えんくてええけど。もうそのまま何日か行方くらましてお香渡されへんようなってくれ内海。南無南無、と両手をすり合わせ祈っていると田中くんが「瀬戸どうしたん?」と微妙なニヤけ面で喋りかけてきた。何わろてんねん。


次の日の放課後、いつもどおりに川に座っていると後ろから近づいてくる足音がした。内海かな、と思いつつバルーンさんの風船が弾けるのを眺めてると、ふいにいい匂いが漂ってきた。最近嗅いだことのある匂い。ていうか、昨日嗅いだ匂い。……樫村さんの匂いや!ということはまさか、今うしろにいるのは──。
「ごめん遅なった」
「内海かい!」
「え?なんなん」
キョトンとこっちを見つめる内海の体からはお寺の侘び寂び感溢れる匂いがする。なんやこいつ、樫村さんと会うてたんか?匂いが移るほど?えっ……匂いが移るってなに?疑念が頭の中でドラム式洗濯機が如く渦巻き続ける。内海は俺を怪しそうに見ながら隣に腰掛けた。パン!と勢いよく弾け飛ぶ風船の音を聴きながら内海を穴が空くほど見つめる。
あ、そういえば樫村さんが内海にお香あげるって言ってたな。なるほど、じゃあ内海はもらったお香を焚いたから樫村さんと同じ匂いになってるワケか。樫村さんとずっと一緒におったから匂いが移ったわけじゃないんや、たぶん。いちおう確認のために内海に訊いてみることにした。
「昨日樫村さんからお香もらった?」
「ああ、もらったけど。何で知ってるん」
やっぱりか。ホッと胸を撫で下ろしながら昨日の樫村さんとの会話を伝える。
「ていうかお前、樫村さんとおんなじ匂いのんは止めてくれ。変な誤解してまうやん」
「まあ出来るだけ匂いつけんようにするけど、向こう次第でもあるからな」
「あーあ。ええなあ。樫村さんに物もらえて」
「言うほどいいか?樫村さん」
「お前のその感じほんッッまに信じられへんわ。眼鏡の度合ってるんか?」

帝幻未完(ヒプマイ)

「霊?」
「はい」
出るんですよ、この家。幻太郎は至極真面目ぶった顔でそう言い切った。読んでいたパチスロ雑誌から顔を上げて、真意を探るためその目を覗き込む。書き物用の机の前に正座しながら俺を見下ろす男の表情は、想像したとおりの真剣そうな真顔だった。
「うちはなかなか歴史のある家で、そのぶん歴代の人間の感情がたくさん籠もっているんですよ。中にはそれがはっきりと遺りすぎて、怨霊と化してしまっている人もいるようで」
「おいおい。さすがにそんなうさんくせー話信じるわけ……」
「ほら、いま帝統の後ろにも」
「うおおッ!」
慌てて横にしていた体を起こしその場から飛び退く。息を呑みながらおそるおそる後ろを振り返った、が、そこには何の存在も居はしなかった。
「なんもいねーじゃねえか!」
「ああ、帝統はんは霊感があまり強くないんどすなあ。わちきにははっきり見えますえ」
「え……マジ?」
どっ、と顔に汗が湧き出す俺を見ながら幻太郎はくすくす笑った。いや笑い事じゃねえだろ、お祓いとかしろよ。もし呪われたらどうすんだ。悪霊の呪いのせいでギャンブルに勝てなくなっちまったら、俺はもう生きていけねー。
「まあ、満足すればそのうち出ていくんですがね。くれぐれも気をつけてください。夜は特に」
「よ、夜?」
「夜は霊力が強くなるんですよ。だから、もしかしたら鈍感な帝統にも霊が見えるかもしれません。あまつさえ手を出してくるかも」
さらさらーっと原稿用紙に筆を走らせながら幻太郎はあっけらかんとそう言ってくる。つまり、実害があるかもってことか?それってかなりヤバくねーか。つか、こんな弱そうなのに一人でこんなとこ住んでて大丈夫なのか、こいつ。涼し気な顔で手元に目線を下ろしてる幻太郎の近くに寄って、そこに腰を落としてからあぐらを掻く。ずっと畳の部屋にいるせいなのか幻太郎からはい草っぽい匂いがする。
「お前、住む場所変えたほうがいいんじゃねえか?危ねえだろこんなとこ」
「おや。心配してくれてるんですか?」
紙から離れた目がそのまま俺に向いた。そこそこの距離だから、やたらにバサバサした睫毛と目の中に差す明るい色の光までよく見える。障子から入る太陽の光も差して、幻太郎の目の緑がちょっとばかし薄く見えた。
「そりゃまあ、ダチが呪い殺されたら胸糞悪ぃし。お前弱っちそうだから襲われたら勝てねえだろ」
「……一言多い気もしますが、心配してくれてどうもありがとうございます」
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