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朝ごはんにしらすを食べる。もぐもぐって、よく噛んで飲みこむ。そういう日はけっこう多い。しらすを食べているといつも一瞬だけ胸の奥がつんってなったりしたけど、そんなのもすぐに治まって最後には空になったお椀の前でごちそうさまと言い手を合わせていた。感謝の証だってケイトに教えられていたそれが、僕にとってごめんなさいの印だってことに気づいたのはほんとうに最近のはなし。今まで僕に食べられる魚たちのことはきちんとかわいそうだなって思ってたし、ありがとうとも感じていた。けれど、言っちゃうならそれだけで、心のずっとふかあくでは仕方のないことだよねって考えてた。僕はあいつを釣らなくちゃいけないから、そのために人間の形をとったんだから、ちゃんとごはんを食べて生きていかなきゃいけない。これが星のためなんだから、こうするしかないよねって。ずっとそう思ってきたけど、でもユキたちと一緒にいて楽しいとか切ないとかいろんなことがわかった中で、僕は終わっちゃったなかまの目をすぐ近くで見た。見ちゃった。かわいそうだなって思ったりありがとうって感じたりするより前に頭をよぎったのは、悲しいっていう思いとごめんねっていう気持ちだった。僕はそこで初めて、自分がなかまを食べているんだってことをよくわかったんだと思う。それから、魚を釣るっていう意味も、ほんとうによくわかった。僕は魚を釣るとか食べるとかそういうことを星のためにずっとしていたわけだけれど、それはつまりたくさんのなかまの命を僕がいろんな形で終わらせていたって意味だ。僕はなかまのために、なかまを食べてた。でも僕の奥の深くで眠ってるしょうがないって気持ちは大きくて、きっとあいつを釣るまでこのしょうがないは消えない。星のために、僕はまた釣りをするし魚を食べる。ああ、僕ってすっごくひどいやつなのかも。みんなごめん、ごめんね。
俺が一番大好きで一番大嫌いな今のあなたを俺の中で永遠にしたかった。その反吐が出るくらいうつくしい笑顔を切り取って一生と言わずこの生が終わったっていつまでだって俺だけのものにしていたかった。怯えるあなたったらとんでもなくかわいくて涙さえ滲む。ねえ足立さん、もうずっと一緒ね。
泳げないけど海はすきだった。見ていると落ち着くから。それにさざ波の音が、母さんの声のように胸にしみわたるのだ。もう母さんの声なんて覚えていないけれど、でも聴くと心の底から安心できた。嬉しいときに聴いたら自然と笑顔になったし、悲しいときに聴いたら不思議と慰められているみたいな気になって涙がでた。たまに、いつだって海が見れる場所に住んでみたいと思う。まいにち海を見て、感化されていく感情にいつか名前をつけたいのだ。
「…かえるなよ」僕は宇宙人、宇宙人なの。だから早く星にかえらなくちゃいけない。僕らがかえるための魚は釣りあげたし、もうここにいちゃいけないってココが言ってた。僕ははやく魚と星にかえらなくちゃ、かえらなくちゃ、いけない。いけないのに。ユキは僕の手をぎゅってした。かえれないよ。