兎折未完(TB)

あなたの首を絞める夢を見るんです。折紙先輩に面と向かってそう言われた。手の中に収めてある大小色とりどりの花束が風にあそばれてざわざわと音を立てる。レンズを通して彼をじっと見つめていると、厚い唇が開いた。毎日毎日あなたの首を絞める夢を見るんです。彼が零した言葉にはまたしても感情が籠もっていない。表情だって恐ろしいくらいに窺えなかった。本当になにもない。折紙先輩は紫色の瞳を花束に向けた。

「前まではこんなことたまにしかなかったのに、最近は来る日も来る日もその夢です」

僕は本能的に少し後退る。何かきっといまは、彼に近づいてはいけないときだと感じた。折紙先輩は特に動きを見せず、僕の前で伏し気味の瞳を花束に向けているだけ。それだけなのが逆に不気味で、気がつけば花を持つ手にぐっしょりと汗をかいていた。彼はほんのすこし、口角を上げた、はずだったが、まったく笑っているように見えない。ぬるい風が頬を撫でる。


どうしてこうなった

折空(TB)

あああ、独りよがりだ、僕はずっとひとりっきりで泣いている。ぼろぼろと流れる涙をそっと拭って自らを慰め続けているのだ!
僕は神様に恋を、いいや変をしている。天に住む彼が地上に舞い降りた事実を嬉々として受け入れ、そして彼のすべてに地中を思わせるほど薄暗く湿りきった想いを抱き続けてきた。彼の手も足も目も鼻も口も耳も何もかもが好き、本当に全部すべてね?けれどもこれは愛ではないのだ、だって彼に相対するときに用意しなければならない愛はもっと純真で清潔で無償のもの。対する僕のこの想いは完全なるひとりセックス、いわば1Pだ。対戦ゲームをひとりで繰り返しずっとずうっとプレイしている。彼を想っていなくなった白は数知れず、ちいさな命のかけらはその海の中で何匹も死んでいた。否、僕が自主的に殺していた。そうしてその殺生を働いた手でね、彼と握手をするんだ。するとほら、彼の手のひらに擦りついたいのちが幸せそうに笑っているではないか。そのまま彼の体内に侵入して彼の人為的な愛の生産地に辿り着けばいいのに。それかもう孕ませてしまえ、彼という個体に僕の生命を。だなんて言ってもそんなことになるはずもなく彼は笑顔のまま去っていってしまうのだった。つまならない、けれどよかった。矛盾する心が僕をがんじがらめに縛り付けてとんでもなく体が軋んだ。ああすこし気持ちがいいからもっと痛くしてくれてもいいよ。と今度はひとりSMを嗜む始末である。僕は僕が気持ち悪いのだ。こんな不純物が神に触れて許されるはずがあろうか、いやない。握手した手にじっとりべっとりと汗が滲んだ。おそろしい、彼に触れた僕の手はいま浄化されて溶け始めているのではないだろうか。そうあっても仕方がない。だって僕は毎朝毎晩彼を想って宇宙へ旅立ち流星群を眺めては美しいけれどこれだけではつまらないなと呟いて惑星の大爆発を心から望み始めるのだ。美しすぎるものを人間は敬遠する。僕は人間だから、美しすぎる彼を敬遠する。果たしてその思考は理にかなっているか?世界の美しい部分だけが凝縮されたようなあの瞳を真正面から捉えても口にできる台詞か?それが驚いたことに、僕はきっとできる。いとも容易くできてしまうだろう。もう僕の独りよがりはそれぐらいまでの境地に達していた。ああああ、あああ!だめだ、彼は僕と関わってはならない。僕のほうから彼を遠ざけなければならない。でもそんなこと、できると思うか、できるわけがないだろう。もうだめだ彼が僕のもとに現れないことを祈る他ないんだ、お願いです来ないでくださいスカイハイさんお願いだからもう僕のような不純物に関わらないでくださ「やあ折紙くん!」

折砂(TB)

「君を幸せにしたいんだ」

出所してから初めて顔を合わせたとき、イワンは俺の目を真っ直ぐ見据えてそう言い放った。気弱でいつもおどおどしているイワンにしては珍しく力強い言葉と声だったから、そのときのことはよく覚えている。傷だらけの手に頬を包みこまれ、なんだ気持ちわりいと吐き捨てた俺にあいつは笑っていた。その余裕ぶった顔には多少なりともいらついたが、君をずっと待っていたと幸せに浸るように紡いだ姿を見て怒りはどこかに逃げていった。前科つき文無し男に対する態度にしてはあまりにもお門違いの暖かさにそのときはただただ立ち尽くすしかなく、俺はあいつにされるがままにされていたのだった。

「エドワード、ちゃんとピル飲んだ?」

あれから半年とちょっとの時が経った。何があったというのだろう、イワンはすっかりこのざまに成り下がってしまった。ピルって。こいつは俺の性別をなんだと思っているのだろう。ヤったとしても当然俺には子宮なんてものなどないから子供なんてできるわけがない。いや、男にも子宮ってあったんだっけか?でも前立腺がなんちゃらかんちゃらで妊娠はできないとかなんとかだったはずだ。つまりそういうことだ。だから俺はそれをストレートにイワンに告げることにした。

「なあイワン」
「ん、なに?」
「子供とかできるわけねーだろ」
「え?」
「だから、俺らの間に子供はできねーって」
「なんでそんなこと言うの」
「なんでって…」

なんでってそりゃ、一般論だからだろ。愛さえあれば子供だって授かれる、とか言ってほしいのだろうか。残念ながら俺はそこまでロマンチストじゃないし理想に生きてはいない。全部こいつの独り善がりから成るタチの悪い妄想だ。たぶん今の俺は何とも言い難い複雑な顔をしているんだろう、俺を見つめるイワンの紫に魚をみた。泳ぎ回るそれに応じて厚い唇がきゅっと引き締められ、やがて、海が満水状態を迎えてしまった。

「僕だって」
「あ?」
「僕だってわかってるよ、男同士で子供ができないことくらい、わかってる、よ」

ぽたぽたとしょっぱい水が零れ落ちる。それを目にした瞬間にため息が自然と口をこじ開けて外へ出た。まただ。昔から変わらないネガティブ精神を持つイワンは、たまにこうして、すごく面倒くさく扱いづらくなる。こうなると何を言っても曲解してマイナス方面の意味に受け取りやがるので手の打ちようがないのであった。

「わかってるけど、でも、もしかしたらって思って、奇跡が起きるかもしれないって思ったんだ、でもまだ僕は半人前で、父親になんてなれないから、だから、今は避妊しなきゃって」
「ああそう」

ちゃんと聞いてよ、エドワード。そう言ってイワンは俺に抱きついてくる。いや、これは最早タックルの類だった。どん、と勢いをつけてぶつかってきた細っこい体が、細いわりにけっこうな力を無駄に発揮させていたので、ふらついた俺はイワンごと後ろに倒れこんでしまう。ぼすん、柔らかいベッドが二人を受け止めスプリングが鳴いた。よかった、後ろにベッドがなかったら頭打ってるところだ。冷静に考える俺とは裏腹にイワンはまだしくしく女々しく涙を俺の服に染みこませる。そしてその間も何かバカみたいな言葉たちをべらべら並べ立てていた。いつからこいつはこんな風になったんだっけ。いつからこいつをこんな風にさせてしまったんだっけ?今のこいつは愛を目で追いたいだなんて女みたいなことを平気で宣ってしまいそうで痛々しいしうざったい。昔も大概ひどいものだったが、今に比べたら可愛く思えるほどだった。しかしそんなやつの傍を離れようとしない俺はいったいなんだっていうんだろうか。病気なのかもなあ。


ちょっと前のやつ

兎折未完(TB)

虎←兎
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よく言えばストイック、悪く言えば殺風景。僕が抱いたバーナビーさんの部屋の印象は、そんなところだった。初めて足を踏み入れたここは確かに高級住宅マンションらしく広い間取りにきれいな景色なんかがあったけれど、本来あるはずのものが高確率で存在していない。なんだか、彼を表したような部屋だ。金色に瞬く睫毛を盗み見ながら静かにそう思考した。
ひとのいるところではできない話があるから、とバーナビーさんにわざわざ自宅にまで呼び出された僕は緊張に身を縮めたりしていた。なんといってもバーナビーさんの家にお邪魔しているのだ、誰だって緊張して当然だと僕は主張したい。シックな色を纏うこぢんまりとしたテーブルに置かれた白いカップの中では、如何にも高級を思わせる香りを放つ紅茶がしんしんと湯気を立ち上らせている。新しく買ったのだと軽く説明してくれた黄緑色のソファーに浅く腰掛けながら湯気越しに彼を見つめた。ただおそろしくうつくしい緑に視線をやる勇気はまだなかったから目の少し下あたりに視点を置く。彼はカップの取っ手にすらりと長く伸びた指を差し入れたまま、それを持ち上げることもそれから手を離すこともなくただ動きを止めていた。緑の海に泳ぐ魚がそのまま水面に映し出されている。何か、言いづらいことなのだろうか。自分から話を促すこともできず、僕のほうも自然と小刻みに揺れる水面を見つめる他ない。しばらくの沈黙を経て、バーナビーさんはゆっくりと僕を捉えた。びくりと体を強ばらせる自分は情けなく小心者の心を露呈させてしまっていたと思う。形のいい薄い唇が勿体ぶるように緩やかに開き始め、やっと言葉を形成した。僕はいま、果たしてどんな顔をしているだろうか。

「驚かないでいただきたいんですが、僕は、僕のバディの、虎徹さんのことが好きなんです」

言葉が終わった直後、当たり前だけれどぷつりとまた静寂が訪れる。車のクラクションのような音が遠くで響いていた気がしたけれど、それはたぶん僕の幻聴だ。クラクションを鳴らされたような気持ちになっていた故の。これは憶測の域を出ないのだけれど、僕はいまなんの表情もこの顔に反映していないのだろうと思考する。誰から見ても、たとえどんなに鈍感なひとであっても、彼の想いは皆本能的に感じ取っていた。そしてそれは彼も知っていたはずだ。驚かないでいただきたいんですが、という彼の前置きが意味を為していない事実も、彼は気がついているんだろう。つまるところ僕は驚かなかった。いただきます、と一言断りを入れてから紅茶を啜る。味も香りに見合って実に高価を感じさせた。美味しいかと問われれば、首を傾げるところだけれど。

「やっぱり、気づいていないのは虎徹さんだけなんでしょうか」
「だと、思います」

苦く笑いながらバーナビーさんもまたカップに口付けをした。彼自身を捉えた瞳が切なげに瞬く。たとえば、この瞳。恋しくてたまらないと訴えるこの瞳を毎日タイガーさんに向けている様を見て、気のつかないひとなどほんの一握り程度だろう。そして、あからさまな好意の先に存在するタイガーさんは、皮肉にもその一握りに含まれていた。笑ってしまうくらいに鈍感なのだ。そのことに対してバーナビーさんがなんとももどかしく思っているだろうことは、やはり誰もが感づいている。言わばすべてばればれ。

折兎→虎未完(TB)

好きな人がいるんです、と僕に告げたバーナビーさんは世界中のどこを探してもこんな人はいないと断言できるほどにうつくしく、幸せそうであった。でも幸福を湛えた笑顔の中には確かに悲哀と呼べる感情も含まれていて、ああ、報われない恋をしているのだろうか、と直感的に思う。恋をすると他では得られない充足感と共に途方もない寂寥感が押し寄せてくるものだ。恋愛経験はさほど多くない僕だが、それぐらいは理解していた。しばらくの間のあとに放った彼の言葉は、予想通り、悲恋を憂う内容だった。

「でも、彼にはもう奥さんも娘さんもいるんです。奥さんはもう、亡くなってらっしゃるんですけど、彼は今でも奥さんを愛しているんです。とても強く、愛しているんですよ」

だから僕が間に割り入る隙はないと、そう言いたいんだろう、彼は。僕なんかに振り向いてくれるはずがないと、そんな風に言いたいんだろう、彼は。
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