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ユリルド(TOX2)

「ルドガー」
愛する兄の声が鼓膜にじんと響いた。吐息混じりで薄桃色に染まったその言葉は、まるでいつもの兄ではないかのように部屋を震わせた。俺の顔の横でシーツを押さえる手が、ぎゅうと握りしめられている。覆い被さるその表情の、ああなんて余裕の欠けていることか。頬は赤く色づき、まつげが少し震えていた。性欲のかけらも俺に見せたことのないあの清潔な兄が、よりにもよって弟の俺にそれを見出している。これに勝る優越と幸福などそう易々と得られるものではない。右手を熱い頬に這わせると、兄はそれの上にまた手を添え、次にゆるりと微笑んだ。

好きだ、とあまりにも唐突な告白をされたのは今日の昼のことだった。その唐突ぶりといったら、勤務時間のはずにも関わらず息を切らして家に駆け込み、俺におかえりも何も言わせる暇さえ与えずに玄関先でそう言い放ったくらい、唐突だった。ちょうど皿を洗っていた俺はその言葉を受けてつい皿を落としそうになってしまい、兄と一緒になって慌ててしまったのだった。結果その皿はなんとか死守できたものの、何か心的に、もっと言えば肉親的にここでの大事なものを割ってしまった気がする。いや、肝心なところは元から割れていたけれど。詳しく言えば、この兄の告白など何をいまさらとさえ思えるくらい、ずっと前から俺は兄を好きだった。なので、気持ち悪いかと眉を下げながら問いかけてくる兄の姿を非常に場違いだと感じ、苛立ちさえ覚えたほどだ。そして俺はつき合おうときっぱり兄に告げたのだった。兄弟という関係、世界をなんとも軽々と飛び越えてしまった。兄の額の真ん中は割れ、そこに刻まれた皺の分だけ時間は過ぎ。最後に兄は俺をまっすぐ見つめ、こんな俺でいいのなら、と告げた。まるで俺が告白したみたいな空気になって少し笑ってしまう。先に言ってきたのはそっちじゃないか、「兄さん」。
そういうあまりにも急展開の直後、俺たちは一緒に夕食の買い出しに向かった。道中に兄の今日の仕事についてを尋ねると、俺に告白するためだけに仕事を速攻で終わらせてきたというとんでもない答えを聞くことができた。なんでも昨日俺が兄に告白をしたが兄は俺の将来を思いそれを断り、それに対してあまりに怒った末に発した俺の「家を出る」という言葉にひどく焦ったらしい。そして俺を引き留めるために、急いで想いを伝えにきたのだと頬を掻きながら話してくれた。なんとも不器用でかわいい兄だなあ、と目を細めてしまう。
「ああ、そうだ、ルドガー。何か欲しいものはないか?」
トリグラフの商業区に陳列された食べ物を見て回りながら、そういえばといった感じで兄が俺にそう尋ねた。
「ん? 買ってくれるのか?」
「ああ、まだ就職祝い買えてなかっただろ? そうだ、同僚に噂でよく聞くが、なかなか馴染めてるみたいじゃないか。駅の食堂」
「…ああ、うん」
肯定すると、兄は嬉しそうに微笑む。この就職までの1年間で兄にはとても苦労をかけていたようだから、やっと胸をなで下ろすことができたのだろう。その純粋な笑顔を見ているとちくりと心が痛んだ。
「また食べに行ってもいいか?」
「はは…食べになんか来なくても、俺の料理は家で毎日食べてるだろ」
「それはそうだが、こう…気持ちの問題なんだ。ほら、あるだろ?」
「なんだそれ」
俺が笑うと、兄は照れくさそうに頬をかいた。優しい時間ばかり過ぎていく。そのあとに来るだろうしわ寄せに、少しだけ身を震わせた。

家に帰って買い物袋を机の上に置く。なんだかんだでずいぶんと買い込んでしまった。まあ今日の兄さんの財布の紐は死ぬほど緩かったから、これで収まったのが逆に不思議なくらいではある。さて、日はすっかり暮れて月の輪郭もはっきりと出てきていたからそろそろ夕飯を作らねばならない。今日のメニューについてを脳内で一通りイメージしてからエプロンのあるほうへ向かおうとすると、不意に兄さんが俺の肩を掴んだ。振り向くと、なんだかやけに赤くした顔で俺のことをじっと見つめてくる。その瞳には若干の遠慮と焦りが混在していた。こういうところはさすが兄弟で、俺はすぐに兄の考えに得心を至らせた。目を閉じると、少しの間をおいたのち、唇にちょっとかさついた感触が訪れる。しばらくするとそれは離れ、同時に俺は目を開けた。なんとも照れくさそうな顔で兄さんが頭を掻いている。うん、この兄さんはかわいい。こういうときの兄さんほどいじめたいものはない。
「おかえりのキスってやつか」
「……」
「兄さんってベタなの好きだよな」
「悪いか」
やっぱり好きなんだな。くすくすと笑うと、黙ってテレビを見に行ってしまった。すねているらしい。そういうところも兄さんだなあ。かわいい人だと思った。かわいすぎて頭が狂いそうだ。



そして夕飯のあと、俺は兄さんの部屋のベッドに誘われたのだった。兄さんらしい部屋と、部屋中に漂う兄さんの匂い。そしていま兄さんは俺に真摯に向き合ってくれている。幸せな箱の中にいるという自覚が俺を追い立てた。
「俺はお前が大事だよ」
「けれど、こういうふうにお前を愛すことも許してくれ」
兄さんの綺麗な左手が俺の髪を優しく撫でる。壊れ物を扱うみたいな手だ。そんな風にしなくたって壊れやしないのに。
「許してほしい?」
「…ああ」
選択なんてもはやさせる気がないとでも言いたげに兄さんの目は熱く炎をくゆらせていた。ゆるやかに俺を拘束しようともくろんでいるのかもしれない。少なくとも彼は確実に俺から何かを奪うつもりでいて、けれどそうしてまた別の大事なものを与えようとしている。まるで理想論。面白い。この兄さんは俺を幸せにできるという確個たる自信を持っていて、実際それはその手にかかれば成し遂げることが容易だと、そういうことらしい。
「愛してるよ」
「本当に?」
「ああ。本当に、愛してる。お前がすべてだ」
「……ははは」
すごい彼もいたものだ。俺たちこのまま幸せになってしまえるんじゃないか?
なんて、考えているうちにも俺は槍を出している。そしてそれを彼の腹に突き刺した。唖然とした表情の彼が飲み込めないのだろう状況のなかで俺をじっと見つめる。口からは血が流れ出していた。
「黙れ時歪の因子」
兄さんが俺に「愛してる」だなんて言うはずはなかった。兄さんが目に見える形で俺から選択権を奪うはずがなかった。ここでなら着いてすぐ殺したここの俺に成り変わって生きていけるかもしれないだなんて一瞬思ったけれど、しょせんはただの分史世界、偽物だ。つまらない。でも少しは楽しかったよ、だって正史世界にはもういない「兄さん」とまた過ごすことができたんだから。
「じゃあな兄さん」
ひらひらと手を振ると、彼は眉をひそめてから諦めたように笑った。少し胸が痛んだ。



途中で飽きたのバレバレじゃねーか(怒)
ルドガーって正史と分史の割り切りは兄さん以上にはっきりできるんじゃないかな…みたいな話でした…
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