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ユリルド(TOX2)

「8対2だな」
「ん?」
「兄さんの肌色と黒の黄金比率」
「…それはどう反応すればいいんだ」
「ははは」
困って眉を下げる兄の顔をちょっとした優越の上で面白がって眺めていた日のことを不意に思い出した。あの頃はまだ世界も寝入り端で、どこか死に始めている実感もなかったのだと思う。だからこそ、そんなことを言い始めたのだ。

兄さんはある一定の時から左の手袋をつけなくなった。もう火傷の跡も今では目立たないから、という理由らしい。確かに火傷なんてもう目立ちはしない。だって手はすでに真っ黒だから、もう何がなんなのかもわからないのだ。最近はおそらく腕までほとんど黒く染まっているんじゃないかと思う。
「うーん、7対3」
「なんだそれ?」
「ん?新しい兄さんの黄金比率だけど」
「…また言ってるのか、それ。というか変えていいのか黄金比率を」
「いいんだよ。変わって気づくこともあるだろ」
そんな会話の中ですこし寂しそうに微笑む兄を可愛いと感じる。8対2の時では気づかなかった笑顔だ、と思った。やっぱりどんな変化であっても「変化」というのは悪いことじゃないのだろう。…そうでも思わないと人なんて生きてはいられない。

ついに兄さんの中で黒が半分を占めた。目の奥から込み上げそうになる何かを無理矢理押さえつけて、俺は何故か少し興奮気味に兄さんに駆け寄った。
「それは黄金比率にも程があるって!」
「…まあ我ながら綺麗に分かれてるとは確かに思うが…」
「やっぱシンメトリーって綺麗だよな」
「そうか?」
「そうだよ」
綺麗だよ兄さん。そう言うと兄さんは曖昧な笑みをこっちに返してきた。俺のことなんて気にせず笑ってくれよ。そのほうが俺のためになるんだ。そう伝えようかと一瞬考えたが、あんまりにわがまますぎるからやめた。

ある日、兄さんの比率は2対8になった。ついにもう黒ばかり目に留まる。その中で輝く肌色をなんとか見つけ出しては、永遠という名前をつけようと俺はもがいていた。
「2対8、かっこいいな」
「……」
「今までで一番いい」
「ルドガー」
「ん?」
「ごめんな」
「…肌色がさ、いい塩梅になってるんだよ。今が一番いいよ、うん、今が一番…」
兄さんはずっと俺の話を聞いてくれていた。最近少し食欲がないことも、眠る時間が増えていることも、本当は気づいていた。でも知らないふりをしようとしている俺のことを、兄さんはいつも許してくれていた。

そして1対9は、これまでとは比較にならない美しさをもって俺の網膜を貫いた。あたりがぴかぴかしている。兄がどこか遠くへ行ってしまうという実感が急速に溢れだしてきた。思わず手をとると、微笑みながらなだめるようにそれをほどかれる。瞳は血潮色だったが、血の色と言えるほど迸る生命の息吹は芽吹いていなかった。死人の血。そんな色だ。皮肉にも、それは無機質な黒によく似合っている。
「きれいだ」
「うん」
「世界で一番きれいだ」
「ありがとう」
なんでだかな。永遠があるとしたら、それは今だと不意に思った。兄さんは微笑む。俺は明日の何よりもきれいで完璧に在るであろう兄さんをどうかこの視界に収めることがないようにと熱心に祈った。どう美しかろうと、俺にとっての兄さんの黄金比率はここまでと決めた。やっぱり、不完全なくらいがちょうどいい。そんなものだ。

アルルド(TOX2)

どうにかしてやりたい。そう思った。2人目だった。ずいぶん温情が染み付いたもんだな、と我ながら自虐のように考える。けれど俺ができることなんて雨粒の大きさにも満たない程度の、いやもしかしたらそれ以下のことぐらいなのだ。下手に手助けをして迷惑がられちゃ本末転倒。そんな風に柄にもなく恐がって、幸福を祈るばかりの身の上に降るのは目前の奴の新しい苦悩と負担だった。ああどうにか、なんとか、なにかしてやれないか。見返りなんていまは必要ない。裏切るなんていまはとうていできそうにもない。振り向いてすがってくれれば、それでもう依頼は達成するのだ。ほら早く、頼むよ。
「アルヴィン」
と、振り向くやつはなぜなにどうして、どうあっても笑顔でしかない。それどころか、連れ去ってやろうかなんて口にしたこの俺をあやすかのように優しい雰囲気を纏っている。
「気持ちは嬉しいけど、俺、まだやれそうなんだ」
どこがだよ、マジで。誰にも寄りかからないで生きていけると思ってんのか。バカじゃねえの。俺って本当、バカじゃねえのかな。昔となんにも変わりやしない。せめて「連れ去ってもいいか」と聞いていたら、お前の牙城を崩すことができたんだろうか。なんて考えてしまっているのがもう浅ましいぜ。殴って神様。
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