ミタロイ未完(銀英伝)

一度だけロイエンタールと寝たことがある。抱いたのはおれのようだったが、そのときのことについて実はあまりよく覚えていない。ただ朝起きると友人がシャツを一枚だけ羽織って窓の外を見ていて、『ゆうべはご苦労だったな』と茶化すように言った、それくらいの記憶しか持ち得ていなかった。
「ミッターマイヤー、卿は今日のことをきっと忘れるだろうな。卿はおそらくそういう風に出来ている」
それから数日経ったある日、急にロイエンタールが言っていたその一言をぽんと思い出した。加えてほんの僅かな視界の記憶も付随した。よれたシーツに寝そべる友人は額に大粒の汗をかき、左右それぞれの瞳を楽しげに涙で濡らしていた。ああそうだ、この男は美しいのだ、と纏まらない思考の中でぼんやり考えていたことも記憶に蘇る。蘇った瞬間、ひどくいたたまれない気持ちになった。おれは妻以外を抱き、妻以外を美しいと心から思ったのだ。許されざる罪だろう。しかも相手は何よりも大切な友だというのだからなおさらだ。
夜、件の友に飲みに行こうと誘われた。なんとなく視線を合わせづらく、顔を伏せながらそれを断る。するとロイエンタールはすべてを得心したような声を出して笑った。
「まさか思い出すとは思わなかった。あの日の卿はひどく酔っていたからな」
「すまなかった、ロイエンタール。あまりに軽率なことをした」
「ふん、公明正大もここまでくると窮屈な鎧だな。それならばおれは銀河一軽率な男になるだろうさ。忘れてしまえ、あんな些細なことは」

ヤンとユリアン未完(銀英伝)

船の中から見える大きな光たちは、僕らを誘い込むようにきらびやかに光り輝いていた。赤や青や紫が代わる代わる宇宙を彩り、白が華を添えるように点々と散らばっている。見慣れた光景ではあるが人工で表現できる景色ではないそれはいつ見てもこちらに感動を呼び起こさせた。こんなに広い宇宙の中で、自分があの星よりも小さな存在だなんてなんだか信じられない。ましてやあの提督ですら宇宙の塵より小さな存在だというのだから、この世界の途方もなさにはため息すら漏れ出そうになる。いま提督は何をしていらっしゃるだろうか。お酒を飲みすぎたりはしていないかな。……なんて、お節介というものであることはわかっているけれど。だって今の提督の傍にはグリーンヒル大尉がいらっしゃるのだ。ぼくの心配など、きっとあまりに差し出がましく不必要だった。
『ユリアン、なあユリアン。お前が紅茶を淹れてくれない間、私は何を飲めばいいんだろうね』
出立の二日前に提督はぼくの前でそう呟いた。珍しく子供っぽくてかんたんすぎる物言いに、思わずぼくは笑ってしまった。名前を二回呼んだのもきっとすねている証拠だ。果てには船につける名前がアンデューティネスだというんだから困った人である。……と、表向きでは思うことにしているが。実は内心で、ぼくは少し喜んでしまっているのだ。そうやって寂しがってくださる様を目にすることで、自分がある程度は提督に必要にされていると感じることができる。実際にはいなくても困らないかもしれないけれど、そういった素振りを見せてくれることがただ嬉しかった。


あのタイミングで親不孝号って名前つけるのさ〜〜提督さ〜〜!!ああ〜〜

ヤンとユリアン(銀英伝)

「いいかいユリアン、男に本当に必要なのは実は知性でも武勲でもなくダンスの上手さなんだ。とっさの場面で上手く踊れるかどうかによってその後の人生が決まると言っても過言じゃあない。というわけで、今から私がお前にダンスを教授しようと思う」
さあ私の手を取りなさい、と結んだのちヤン提督は唐突かつ強引に僕の手を取った。僕があなたの手を取るんじゃないんですか、と言ったところでたぶん通じないだろうな、この人相当酔っているから。しかし深酒ばかりしていると言ってもこんなに酔っている提督は少し珍しかった。楽しそうに鼻歌なんて歌いながら僕ににこにこと笑いかけてくる。ああ、まだ洗濯と掃除が残っているんだけどなあ。
「お前は踊ったことがあるかい?」
「二回か三回だけ、余興みたいな形で踊ったことはあります。得意ではないです」
「そうかそうか。じゃあやっぱり私が稽古をつけてやらないとね。今からお前を立派な男にしてあげよう」
そう言いながら提督はくるりと一回転した。が、その時に思いきり僕の足を踏んづける。もう一度回ってステップを刻んでもそれは同じだった。目の前のふわふわと解けた笑顔はごめんと短く謝り、仕切り直しだと言わんばかりに大きく回ってみせるが結果はまたしても芳しくない。まさかと思い駄目押しとしてもう一度回されてみて、そこで僕は察した。この人、実はものすごくダンスが下手なのだと。だって彼の足はまるで僕の足の上にあるのが定位置であるとでも言いたげにずっとそこにあるのだ。
「あの、提督」
「ん?」
「お教えしましょうか。ダンス」
提督はきょとんとした顔で僕を見る。が、その後あっはっはと大きな声を上げて笑いだした。こうも人から沈着さを奪い去るアルコールとはなかなかにおそろしい代物だと思う。僕もせいぜい過剰飲酒には気をつけなければならない。
「逆だねユリアン。私がお前にダンスを教えるんだよ」
「でも……オブラートに包みますけど、提督は少し個性的なダンスを踊るようなので。一般向けのものであれば僕は多少なら分かりますよ」
「ははは。ユリアン、『オブラートに包む』と宣言したらそれは丸出しと同義だよ。それとオブラートの表面に猛毒を塗るのはよしてくれ」
しかしそうか、やはり下手か。そうつぶやく提督はしかし何故だか上機嫌だった。今までと変わらずににこにこしながら、僕の手をあらためて強く握り直す。
「じゃあお願いしようか。私はね、これのおかげで大きな幸運をみすみす見逃したことがあるんだ。だからもうそんなことがないように、私を幸運が掴める男に変えてくれるかい」
「……さっきからずっと大げさですね提督。らしくないですよ」
「話の丈に合った言葉を選んでいるつもりだよ。ユリアン先生、どうぞよろしく」
恭しげに頭を下げた提督の目尻は穏やかに融けきっていた。「しょうがない」を絵に描いたような人を目の前に、しかし僕も悪い気はしていないのである。ダンスのすごく下手な人間と少し下手な人間の救いようもない舞踏会はゆるやかに開催されて、構われない洗濯物と掃除機を置いて夜はひそやかに過ぎていった。


提督の性格と口調に自信がない
ジェシカとうまく踊れなかったこと微妙に気にしてたらいいな〜的な…
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