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ユキハル未完(つり球)

「どうしても好きだった。だからもう会えなくてもいいと思ったんだ」

いつだって俺の胸を刺す柔らかくて優しいしろのひかり。忘れたことは一度もなかった。ゆらゆら火照るアスファルトの上で笑う金色の魚の、地上に降りた太陽みたいなあの笑顔。肩に背負われた好きが伸ばす影と、路面を滑るパステルカラーの水滴。かわいくて大切な恋の姿。あの夏はきっとこの先何年経っても美しい現在の原型を留めたままの思い出で、俺のすべてを使って輝き続けるのだろう。ハルのいた夏は、目に痛いくらいの極彩色だった。俺は悲しいくらいに素晴らしい恋を、あの灼熱で知ってしまったのだ。それでも未だ過去に成り得ない思い出は楽しい感情ばかりを記憶してるわけじゃない。苦しくて泣きたくて叫び出したくて死にたかった、生々しい苦痛だってちゃんとこの胸はリピートし続けている。ハルに対して芽生えた恋心は俺にとって劇的な素敵だったけれど、悲劇的な強敵でもあった。だって俺たちにはお互いへの理解も時間も何もかも足りなくて、何より俺は外の世界で見知らぬ他者から二人を異質と見定められたくなかった。俺はずっと怖かったんだ。だからハルが俺たちの箱庭を出て行くとき、実は9割のかなしみの底に1割の安堵が根付いていた。もう会えなくてもいい、会わないほうがいいかもしれないって。俺はしがらみから放たれるだなんて思っていた。

ユキ夏未完(つり球)

「今日はハルがばあちゃんと一緒にいるって言って聞かなくてさ、ハルだけ病院に泊まることになったんだ。それでいま家にひといなくて、なんかちょっと寂しいなって思って」

だから、って。だからなんだよ。言わなきゃわかんねえぞ。放課後の閑散とした教室内で、俺は恥ずかしがり屋の親友を時間と気持ちを使ってゆっくり促した。言いたいことなんてとうにわかってる、でも手助けするほど甘く接してやるつもりはない。それは向こうも理解しているようで、勇気と恥じらいの間での必死の葛藤をもう長い間続けている。夕日が山の向こうへ沈みかけて、赤が一層濃くなろうともユキの勇気はなかなか恥じらいに勝てずにいた。

ユキ夏(つり球)

子供の頃のあいつを想うたびいつも不安になっていた。だって、大勢に囲まれて笑っている子供のあいつを俺はどうしたって想像できない。公園でたったひとりきりのままブランコを漕ぐあいつしか頭に思い浮かばないのだ。だからそこから今の話をよく考えてみればこれは至極当然の流れでしかないので、仕方がないといえば仕方がない。そりゃあお前、そう思うだろうな、と。少なくとも俺はひどく納得した。こいつはケイトさん以外の家族を失ってしまっているんだから。まったくもって仕方がない。仕方がない話だ。

「俺、子供はいっぱい欲しいな」

頬を掻いてはにかみながらユキは俺にそう言った。ああ、本当、いい夢だな。あったかくてささやかなお前らしい夢だよ。お前にたくさんの家族ができて、もうひとりで泣くことなんかなくなる日がいつか来るといい。絶対にその夢は叶えてほしいと思った。だから、だから俺はこういう、みみっちいことばかり考えている自分を殴りたいのだ。じゃあ俺とは無理だなとかそういう言葉を喉元に引っかけている場合じゃない、そういうことを話してるんじゃないだろうと、わかってはいる。わかってはいながらも今日も俺はこいつに這い寄る孤独を嫌っていて、追い払ってやろうと孤独に向かって必死に釣り竿を振っていた。たぶん死ぬまでやり続けるだろう。お前は大勢に囲まれて笑ってろよ。そのほうがお前には似合ってる。

夏アキ未完(つり球)

「なあ」

と、釣り竿をゆたりと手にしている右隣の男子高校生は言った。まっすぐに海面を見据える瞳は今日も揺らぐことがない。大した慣れか、愚かしい怖いもの知らずか。知る由もないが、無知とは時に武器だなんてこいつらを眺めていると時折思えてくる。潮の香りが鼻腔をくすぐるのとともにふわりふわりと踊るそいつの髪は、見ているだけでうっとおしくなるくらいわさわさと揺れていた。こいつ髪切らないんだろうか、などと特にどうというわけでもない感想を抱きつつ、なんだと返事をしてみせる。ずいぶんレスポンスが遅れてしまったかもしれない。しかし奴はそんなことなんてまるで気にしていないようすで、海の青を見やりながら言葉をゆるく紡いだ。

「俺、おまえと釣りするの好きだよ」

この突然の好意的な発言にはさすがの俺も少々面食らってしまった。こいつはこんなことを言うキャラだっただろうか。

ユキハル(つり球)

宇宙人によく似てるらしいけど中身はすっごい人間っぽい僕の初めての友達は、赤い髪をひらひらさせて僕を愛してるって言った。僕は、そんな言葉知らなかった。初めて僕から見たユキの宇宙人みたいなところを見つけた。言語が違うのかも。それとも交信失敗かな?びびび、びびび。アンテナはちゃんとぴーんって立ってるのにね。ミラクルミラクル、くるくる回る僕のしこーかいろをユキはうまく受信できたのかな、なんだかあたふた慌てだして「やっぱ気持ち悪いよな」って言ってる。気持ち悪い、きもちわるい?違う、ユキ。そうじゃなくて、僕わかんないんだよ。愛してるってなんなんだろう、なんでユキ、僕に愛してるって言うんだろう?頭ぐるぐるしちゃって目も回ってきちゃったからユキに訊いてみることにした。ねえ、愛してるってなに?僕それわかんない。って。そしたらユキは突然顔を髪の毛とおんなじくらい真っ赤にして、えーとかあーとかうーんとか言い始める。ユキもわかんないのかな?愛してるってすっごく難しい言葉なのかな?うー、僕難しいこと考えるの苦手だ。わーってなっちゃうよ。

「愛してるっていうのはな、その、すっごく大切なひとに言う、ええと、特別な言葉なんだ」
「そうなの?」
「う、うん」

なんだ、そうなんだ。じゃあ難しいことなんてなんにもないんだね。愛してるーって、ステキな言葉なんだ。僕はなんだか胸がぽかぽかして、顔がにこにこになった。こんな気持ちになれるって幸せだなあ。愛してるっていい言葉!

「じゃあね、僕もユキ愛してる!すっごい愛してるー!いえーい!」
「なっ…!」

愛してる愛してるーって何回も言ってたら、ユキがまたオコゼになっちゃった。なんで?


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