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まこいず(あんスタ)

泉さんと転校生ちゃんが結婚するという知らせを受けたとき僕は不思議なくらいにショックを受けて、結婚式の招待状を持ったまま一時間ほど立ち竦んだ。出席と欠席の上の「ご」を見つめながらどっちに最後まで二重線を引こうか直前まで迷ったし(結局欠席を消して出席を丸で囲んだ)、言いようもない虚無感を拭うためいつもより多めにお酒を呑んだ。重い気持ちのまま式に参加し、ちょっと照れくさそうな泉さんととても嬉しそうな転校生ちゃんを見て、そこで僕はようやく自分が転校生ちゃんのことを好きだったのだと気がついた。
式の途中、転校生ちゃんが明星くんに泉さんとの馴れ初めを訊かれていた。転校生ちゃんは僕のほうを見て、「『ゆうくん』のおかげだよ」と微笑んだ。何でも僕が転校生ちゃんと仲が良いことを知った泉さんが彼女に近づいて、そこから二人は仲良くなっていったらしい。知らない間に自分が恋のキューピットになっていたという事実はあまり面白いものではなかった。

「ゆうくんっ、会いたかったよぉ!」
楽屋に入るなりそう叫んだ泉さんの目はキラキラと輝いていた。たった4ヶ月会わなかっただけの人間にこんなにも感動できるものなのかと感心すら覚える。泉さんと会うのは泉さん達の結婚式以来だった。さすがに結婚すれば僕への態度も落ち着くかと思っていたけど、どうやらそこは今までと変わりないらしい。普段どおり苦笑で受け流し、今回出演する番組についての細かな確認を始めた。そういえば泉さんと共演するのも久々だ。
「久しぶりだねぇ、こうやってゆうくんと話すのも」
まるで心でも覗かれたようなタイミングで泉さんはそう僕に切り出す。それは話題が自分達のことにシフトする合図だった。まあ確かに番組の確認なんて微々たるものでよかったから、こうなることは免れないとは分かっていたけど。
「最近はどう?いやな人達にいじめられたりしてない?何かあったら遠慮なく言ってね、ゆうくんの敵はお兄ちゃんがみんな潰してあげるから」
語尾に音符マークを付けながら泉さんはそう僕に告げる。相変わらず気持ちが悪い、そうだ、本当に相変わらずだ。たとえ結婚しても、……転校生ちゃんと結婚しても、この人は僕が一番大切だとでもいうかのように僕に接しつづけている。どうにも気持ちに収まりがつかなくて、感情を剥き出すように口へと託した。
「泉さんは最近どうなの?ほら、新婚でしょ」
「……えぇ、ゆうくんまでその話?」
泉さんは心底面倒そうに眉をひそめた。ゆうくんまで、という口振りからして、おそらくいろんなところでその話を振られているんだろう。この人のキャラ的にからかわれたり囃し立てられることも多いだろうな、と少し同情した。
泉さんは何度か言葉を吐き出しかけては止めるのを繰り返し、やがて諦めたようにこう呟いた。
「まあ、思ってたより悪くはないかもねぇ、結婚っていうのも」
照れているのか頬が微かに赤い。僕は驚いた、それはもうとても。取り繕うことすらやめて、彼は心から幸福に身を預けているのだ。これが僕以外の人間の前ならば納得が出来た。転校生ちゃんと過ごすことで心が丸くなって感情を素直に表出するようになったのだろうな、と安堵すら覚えたことだろう。けれどこれは他でもない、「ゆうくん」である僕への態度だった。僕の前で僕以外が一番だと示す泉さんを生まれて初めて見たのだ。そんなにこの人と転校生ちゃんは幸せに暮らしているのか。そう完璧に気がついた瞬間、暗雲が思考に立ち込めるのをはっきりと感じた。そこから生まれた言葉が喉へとせり上がってくる。もっと時間が経ってから言うのなら笑い話になるはずだけど、今はまだ冗談にもならない。そんな一言を必死でこらえ誤魔化して、けれどもう得意の我慢も限界だった。泉さん、とその名前を呼べば能天気そうな笑顔が僕に向く。その視線から逃れるために俯いた。
「実は僕も転校生ちゃんのこと好きだったんだよね」
口に出してみればやけにいびつな言葉だった。僕はテーブルの一点を睨み付けて、けれど笑みは絶やさない。いつ何時もアイドルでいるために身につけたこの無意識の笑顔ももはや呪いに近い。
泉さんはなかなか言葉を発しなかった。どんな顔をしているのだろう、今。気になっておそるおそる顔を上げて、そこで僕は見た。泉さんは真っ青な顔をして、唇を震わせ、ゆらゆらと瞳の奥を揺らしていた。今まで見たなかで一番可愛い表情だ。そう素直に感じて、そしてそこでようやく、僕が好きなのは泉さんだったのだと気がついた。


わがままブレイン遊木真
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