ヤンとユリアン未完(銀英伝)

船の中から見える大きな光たちは、僕らを誘い込むようにきらびやかに光り輝いていた。赤や青や紫が代わる代わる宇宙を彩り、白が華を添えるように点々と散らばっている。見慣れた光景ではあるが人工で表現できる景色ではないそれはいつ見てもこちらに感動を呼び起こさせた。こんなに広い宇宙の中で、自分があの星よりも小さな存在だなんてなんだか信じられない。ましてやあの提督ですら宇宙の塵より小さな存在だというのだから、この世界の途方もなさにはため息すら漏れ出そうになる。いま提督は何をしていらっしゃるだろうか。お酒を飲みすぎたりはしていないかな。……なんて、お節介というものであることはわかっているけれど。だって今の提督の傍にはグリーンヒル大尉がいらっしゃるのだ。ぼくの心配など、きっとあまりに差し出がましく不必要だった。
『ユリアン、なあユリアン。お前が紅茶を淹れてくれない間、私は何を飲めばいいんだろうね』
出立の二日前に提督はぼくの前でそう呟いた。珍しく子供っぽくてかんたんすぎる物言いに、思わずぼくは笑ってしまった。名前を二回呼んだのもきっとすねている証拠だ。果てには船につける名前がアンデューティネスだというんだから困った人である。……と、表向きでは思うことにしているが。実は内心で、ぼくは少し喜んでしまっているのだ。そうやって寂しがってくださる様を目にすることで、自分がある程度は提督に必要にされていると感じることができる。実際にはいなくても困らないかもしれないけれど、そういった素振りを見せてくれることがただ嬉しかった。


あのタイミングで親不孝号って名前つけるのさ〜〜提督さ〜〜!!ああ〜〜

小ネタ詰め(銀英伝)

「あんたの初恋って誰なの?まさかヤン提督じゃないわよね」紅茶を吹き出したぼくに彼女は汚いわよと呟く。君のせいだろ。「どうしたらそうなるんだ」「違うのね?」「違うよ」「じゃあいいの。もしそうだったら最悪だったわ。勝ち目がないもの」赤い顔で言うものだからぼくまで照れてしまった。
(ユリアンとカリン)

すべてを終え、妻に感謝も告げ、そしてようやくたどり着く。最果ての天上に、夢の終わりに、そして此処に。「ユリアン、帰ろうか」「紅茶を淹れてくれ。やっぱりお前のが一番だよ」はい、とぼくは返事をする。だってすべて終わったのだ。ああぼくは、ぼくはようやく!もう一度、あなたの傍に!
(ユリアンとヤン)

転がるボールを追いかけてくる孫の足音が聞こえる。向こうからはそれを静止する息子と娘の声、そして楽しげに笑うカリンの声が聞こえた。ふとフレデリカさんが昔言っていた『あの人』らしい亡くなり方についてを思い出した。提督、どうやらあれはぼくの未来図だったようです。…良いものですね。
(ユリアン)

「ここに居ましたか。あまりうろちょろせんでください」「何だシェーンコップ。まさか私を探していたのか?」「ここに着いていの一番に閣下の元へ馳せ参じましたよ」「そんなバカな。真っ先に会いに行きたい女性とか、君になら当然いると思っていたんだが」「意外ですかな?いや、分かりますとも。私自身でも意外なのですから。しかし天上で付いた自由の羽は私を閣下の元へ運んだわけです」「それはそれは。光栄と言うべきか奇妙というべきか」「口が悪いですな、閣下」「まあいい。久々に会えたことだし、積もる話も多いしな。…そうだシェーンコップ。ここではもう戦争もなければ軍隊もないのだから、敬語はもう取り払ってくれて構わないんだが。むしろ貴官…いや君、…あなたのほうが私より年上なんだから、私がそちらに敬語を使うべきだろう」「ああ、そりゃあ素晴らしいお心遣いですが、失礼ながらお断りさせていただきますよ。閣下にあなたなどと呼ばれると肌が粟立ちますものでね。どうか変わりない呼び名でお呼びください」「はは。貴官の減らず口に免じて了解するとしよう」
(ヤンとシェーンコップ)

「父さん、俺が望むのは今までの世界でもこれからの世界でもない。もっと別の、俺が作りあげる新しい世界だ」父親とあまりにもよく似た声が俺の鼓膜に降りかかる。それと同時に振り上げられたナイフは正確にこの心臓を貫いた。ああ今になって、ようやくお前は俺を裁くのか。遅いじゃないかロイエンタール!
(フェリミタロイ)

「遅すぎるぞ。もう何本ボトルを空けたか忘れてしまった」「疾風ウォルフの名もこれで返上だろうな」「気恥ずかしい渾名を捨てられて良かったじゃないか。さあグラスを持て」「乾杯の音頭はどうする?」「プロージットは戦争を思い出すからやめておこう。俺たちの戦争はもう終わった。グラスも割るなよ、俺の気に入りだ」
(ミタロイ)

「提督。あえて、あえて言います。そうやってあなたが着たくもない軍服を着てしたくもない仕事をして、そして死にたくもない場所で死ぬのは、それはあなたが嫌うところの宿命にあたるとは言えませんか。いや、この際はっきり申し上げますよ。こんなものは宿命だ!そうでなければ、……そうでなければ。おかしいじゃないですか、提督。あなたに何より似合わない死が与えられたというのに、……」
(ユリアンとヤン)

「お前の毛は血みたいな赤だ」「ええ、ひどいぞ」「怒るなよ、綺麗だって言ってるんだ。それに僕なんていつも本当の血をよく浴びてるからな」「ラインハルトは無茶しすぎなんだよ」「フフ、なあキルヒアイス。お前には赤が似合うが血は似合わない。お前の赤に血が混じらないよう、僕が傍にいるからな」
(赤金)

さて此処はどこだろうか。何の音もしなければ景色も見えやしない。もしヴァルハラというのであれば、我々はずいぶんたいそうな夢を見ていたんだな。そう考えながら腕を頭の後ろで組みため息をつく。こうなってしまえば今までの戦火や閃光も嘘のように思えた。一見宇宙とよく似ているのに全く違う。…あそこは騒がしかった。「帰りたいな、うちに」そう言っている間に光が見えてきた。此処も悪くはなかったんだがな。
(ヤン)

「白兵戦が俺より少しばかり得意だからといって調子に乗るのは許さんぞ!」冗談めかしてそう言ったラインハルト様はベッドに寝ていた私に勢いよくのしかかってきた。子供の頃のように脇腹などを擽られ、おやめ下さいと笑いながら言葉を紡ぐ。しかし、いろいろと昔のようにいかない事は、果たして理解しておられるだろうか。いま私がその頬に一度触れるだけで、すべての意味が変わってしまうのだが。……きっと気づいておられないのだろうな。「キルヒアイス、考え事とは余裕だな。この俺が怖くはないのか!」「ふふ、はは、おやめ下さい、畏怖しておりますから、ご勘弁を」
(赤金)

ヤンとユリアン(銀英伝)

「いいかいユリアン、男に本当に必要なのは実は知性でも武勲でもなくダンスの上手さなんだ。とっさの場面で上手く踊れるかどうかによってその後の人生が決まると言っても過言じゃあない。というわけで、今から私がお前にダンスを教授しようと思う」
さあ私の手を取りなさい、と結んだのちヤン提督は唐突かつ強引に僕の手を取った。僕があなたの手を取るんじゃないんですか、と言ったところでたぶん通じないだろうな、この人相当酔っているから。しかし深酒ばかりしていると言ってもこんなに酔っている提督は少し珍しかった。楽しそうに鼻歌なんて歌いながら僕ににこにこと笑いかけてくる。ああ、まだ洗濯と掃除が残っているんだけどなあ。
「お前は踊ったことがあるかい?」
「二回か三回だけ、余興みたいな形で踊ったことはあります。得意ではないです」
「そうかそうか。じゃあやっぱり私が稽古をつけてやらないとね。今からお前を立派な男にしてあげよう」
そう言いながら提督はくるりと一回転した。が、その時に思いきり僕の足を踏んづける。もう一度回ってステップを刻んでもそれは同じだった。目の前のふわふわと解けた笑顔はごめんと短く謝り、仕切り直しだと言わんばかりに大きく回ってみせるが結果はまたしても芳しくない。まさかと思い駄目押しとしてもう一度回されてみて、そこで僕は察した。この人、実はものすごくダンスが下手なのだと。だって彼の足はまるで僕の足の上にあるのが定位置であるとでも言いたげにずっとそこにあるのだ。
「あの、提督」
「ん?」
「お教えしましょうか。ダンス」
提督はきょとんとした顔で僕を見る。が、その後あっはっはと大きな声を上げて笑いだした。こうも人から沈着さを奪い去るアルコールとはなかなかにおそろしい代物だと思う。僕もせいぜい過剰飲酒には気をつけなければならない。
「逆だねユリアン。私がお前にダンスを教えるんだよ」
「でも……オブラートに包みますけど、提督は少し個性的なダンスを踊るようなので。一般向けのものであれば僕は多少なら分かりますよ」
「ははは。ユリアン、『オブラートに包む』と宣言したらそれは丸出しと同義だよ。それとオブラートの表面に猛毒を塗るのはよしてくれ」
しかしそうか、やはり下手か。そうつぶやく提督はしかし何故だか上機嫌だった。今までと変わらずににこにこしながら、僕の手をあらためて強く握り直す。
「じゃあお願いしようか。私はね、これのおかげで大きな幸運をみすみす見逃したことがあるんだ。だからもうそんなことがないように、私を幸運が掴める男に変えてくれるかい」
「……さっきからずっと大げさですね提督。らしくないですよ」
「話の丈に合った言葉を選んでいるつもりだよ。ユリアン先生、どうぞよろしく」
恭しげに頭を下げた提督の目尻は穏やかに融けきっていた。「しょうがない」を絵に描いたような人を目の前に、しかし僕も悪い気はしていないのである。ダンスのすごく下手な人間と少し下手な人間の救いようもない舞踏会はゆるやかに開催されて、構われない洗濯物と掃除機を置いて夜はひそやかに過ぎていった。


提督の性格と口調に自信がない
ジェシカとうまく踊れなかったこと微妙に気にしてたらいいな〜的な…

主明(P5)

「パレスにいるときの明智の仕草ってさ、なんかどれも見たことない?」
発端は杏の一言だった。明智がよくするキザなポーズや動きが何故か懐かしく感じる、と杏は不思議そうに続けて、竜司もその言葉に共感を覚えた様子で「わかるわ」と呟きながら頬をかく。
「なんかこう、ガキの頃に見た気がすんだよな」
「そうそう。たぶんテレビか何かで……」
二人が首を傾げながら記憶の糸を手繰り寄せ始めたとき、ふとパソコンのキーボードをタイピングする音が止まった。視線をやると双葉が「ほい」と言ってモニターをこっちに向けてくる。そこにはあるひとつの動画が表示されていて、双葉が再生ボタンを押すと聞き覚えのある元気な声が屋根裏に響いた。杏と竜司があーっと声をあげて画面を指差す。
「これだこれ!フェザーマン!」
「超なつかしい!ピンク好きだったんだよね」
「ちなみに明智が一番意識してるのはNEOのレッドのポーズな」
双葉のさすがの知識に二人が「へえ」と声をあげる。フェザーマンは俺も昔よく見ていた。ポーズもずいぶん真似したし、当時クラス中のみんなが持っていた変身グッズを母親にねだったりもしたものだった。
「でもなんか意外。あの人もこういうの見てたんだ」
双葉がオススメだと言う歴代変身シーン集を夢中で見ている竜司の横で杏が呟く。フェザーマンをあまり知らないらしく端で様子を眺めていた真が「そうね」と呟いた。
「彼もさすがに昔は普通の子供だったのかしら」
「すごく好きだったんだろうね。今でもヒーローの真似するなんて」
春の言葉にそれぞれが頷く。しかし、あの明智にもそういう純粋な子供時代があったというのはなんだか妙に不思議だった。あの人もヒーローの活躍に泣いて笑って、自分もいつかヒーローになるのだと胸に志したことがあったのだろうか。何度想像しようとしてもまったく子供時代のあの人が頭に思い描けず、しまいには諦めてかぶりを振る。やがて祐介が新発売のじゃがりこを手に屋根裏にやって来たことで話題はそっちにシフトしてしまい、明智のことはそのまま頭の隅に追いやってしまった。

「あれ、偶然だね」
空き缶が鉄のゴミ箱の奥に落ちる音とほぼ同時に明智はそう言った。駅に落ちていたゴミをゴミ箱に捨てる大人気イケメン名探偵、絵面としては完璧だな。なんて少し下世話なことを考えながらゆっくりと頷く。明智に出会ったのは本当に偶然だった。会おうとして会ったわけじゃないし、尾けられていたわけでもないと思う。警戒を解くなよと鞄の中のモルガナが俺にぼそりと囁いた。目の前の男はにこにこと人の良さそうな作り笑いを惜しげもなくこっちに振りまくが、夕日がその大半を逆光で隠している。
「学校帰り?」
「ああ。明智も?」
「うん。でもこれからまた雑誌の取材に行かなくちゃならないんだ」
「……忙しいんだな」
当たり障りのない会話はどこか空虚に耳に響く。向こうも同じことを思っているだろうか。明智は腕時計をちらと見やってから次の電車まで少し時間があると呟いた。その後近くの自動販売機まで歩いていったかと思えば俺にくるりと振り向く。
「何か飲む?奢るよ」
「えっ、いや……俺はいい」
「遠慮しないで。いちおう君よりお兄さんなんだからさ、たまには年上面させてよ」
「一個しか違わないだろ」
「それでも上は上だよ。さあ!何がいい?」
まったく引く様子を見せない爽やかな微笑みが俺の顔にぐさぐさと突き刺さる。恐らくこれ以上何を言っても最終的には奢られるのだろうと察し、少し逡巡したあとに「微糖のコーヒー」とだけ返した。了解、と楽しげに応える奴の指は黒手袋越しに自販機のボタンを押す。ガコンと音を立てて落ちたそれを俺に手渡すと、続いて機械に硬貨を入れた明智はブラックコーヒーを買った。
「……ありがとう」
俺の横に来てさっそくコーヒーを口にしている明智にそう言うと、奴は上機嫌そうに口角を上げたまま「どういたしまして」と言葉を紡ぐ。微糖は飲んでみると想像以上に砂糖が入っていたが美味しかった。
「うん、おいしい。けど君のところのコーヒーがやっぱりいちばんかな」
明智は零すようにそう呟いたが本心なのかはわからない。今のこいつの態度と言葉は『その時』までを安泰に暮らすためのただの道具だ。いくら耳触りのいいことを言っても、それは俺を喜ばせようという意識の中からのセリフに過ぎないはずだ。この男は本当はどういう言葉で喋るのだろう。獅童との電話も核心には近いだろうが、明らかに本質ではなかった。
『でもなんか意外。あの人もこういうの見てたんだ』
ふと杏の言葉が脳裏をよぎった。今俺たちを騙して陥れようとしているこの男も、昔は正義の隣人だった。ヒーローに憧れ、正義は悪を滅ぼすと謳っていたはずだ。明智の正義は今もその体の中に存在しているのだろうか?
「どうしたの?ぼーっとしてるね」
声を掛けられてようやく我に返る。慌てて「悪い」と呟き取り繕うための笑顔を浮かべた。きっとヘタな笑顔だったから何かを見透かされていないかと少し不安になる。明智は特になんの感情も見せず、ただ愛想だけをこちらに見せた。
「作戦、頑張ろうね」
「……ああ」
「僕たちで正義を守ろう」
そう言った明智は今までの笑顔を消し、ひどく真面目な表情をして俺を見る。その瞳の奥には確かな光が点っていた。音として生まれた正義の三文字が耳に残る。俺には今この男が嘘をついているようには見えないが、それは俺がまだまだ真贋を見分けられない子供だからなのだろうか。
「付き合わせちゃってごめんね。そろそろ行くよ」
腕時計を一瞥したあと、明智はさっきと声のトーンを大きく変えて明るくそう発した。じゃあまた、と手を振り踵を返すその体に向けて返事をする。夕陽に染まり橙色になった男の背中が遠くなっていくのをずっと見ていた。


明智吾郎は死んだ。それはたぶん正義に所以する死だった。最後の瞬間、あいつの瞳には煌々と信念の炎が燃え上がっていた。ストーブの中で鈍く閃く火にその光景を見る。そばで橙に光る自分の手はあの日の明智の背中を思い起こさせた。
正義は明智を二度殺した。一度目は父親に、二度目は俺に。けれど、正義なくして明智は生きることが出来たのだろうか?テレビをつけると戦隊ヒーローが悪と戦っていた。今日は日曜日だ。子供の多くはこれを見て育って、正義という大義に憧れる。明智の両の手には泥と花が握られていたのだ。あの日、落ちていた空き缶をゴミ箱に捨てたのだってきっとあいつの正義だったし、正義という言葉を軽々と使わなかったところにもあいつ自身の正義が込められていた。あいつですら気づいていなかったそういう本能の部分が俺は無意識に好きだったのかも知れない。相手がいなくなってからそれが分かってしまった。
「お前、こういうの好きだったのか?」
布団で丸まっていたモルガナがぼうっとテレビを見ていた俺に話しかけてくる。うん、と答えてから笑った。
「今も好きなんだ」
「へー。まあいいんじゃないか?」
「うん」
正義だなんだと言ってきたけど、明智のことが気になったのはもっと単純で俗っぽい理由だった。あいつもこういうの見るんだ、俺も見てた。なんか可愛いなって。……お前は呆れるだろうな。
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