東雲諒子(13sar)

先生私を見て!半狂乱になってそう叫んだところで誰も私に手を差し伸べはしない。ただ抱きしめてほしいだけなの、どうして、どうして、どうしたら……。呪文のように呟いたって、目の前に広がる景色も変わりはしないのだ。なら私、うんと強くなってあなたを守るわ。それ以外はどうでもいい、人類のことなんて私にはわからない。あなたがいれば私は飛べるの。井田先生、好きよ、大好き。いいえ、愛している……。

頭がずっと痛む。視界は歪んで弾けて滲む。あなたの顔が見えなくなるわ。あなたの声が聴こえなくなる、あなたが触れてくれた指先の感覚がなくなっていく。私はこれからも東雲諒子でいられるの?あなたを愛している女のまま生きていけるの?それで生きていけないというのなら、私が私である意味がなくなってしまう。先生教えて、私はこれから誰になるの。あなたは私を見守り続けてくれるの?教えて先生、ねえ、いつものように私を導いて、そのレンズの向こうにある、つめたくてあたたかい瞳で私を見つめて、……。

私のものにならないあなた。私を利用し続けたあなた。ねえ先生、いいでしょう。いいえ、許されなくても私は撃つわ。他の何をあなたが見つめていたっていい、けれどせめて最後の瞬間にあなたの瞳には私が映っていたいの。お願いよ、だって私ほんとうに、あなたのためなら死んだってよかったのよ。あなたのためならなんだって出来た。あなたの目尻が少しだけゆるんで、口元がほどけるその瞬間を見るためならば、私、何をしたって幸せだった。引鉄に指をかける。私は言った、愛していると。「スタンモード、解除」

ここはどこなのだろう?まるで膜の中にいるようだ。誰かの声がぼんやりと、夕方のチャイムのように撹拌しながら頭に響く。私は誰だったか、そこにいるあなたは誰なのか、私の頭のずっと奥にいる『この人』は誰なのか。何もわからなくなっていた。泣きそうな眼差しでこちらを見つめる目の前の男の子が「もういいんだ」と呟く。いい気分だ。いい気分だ。体が軽くなっていく。軽くなって、軽く……。……、……。……『この人』は誰?どうしてこんなに鮮明に私の記憶にいるの?もう顔も声も思い出せないのに、どうして胸の中にこんなにはっきりと存在しているの。あなたは誰なの。わからない、わからないけれど、ひとつだけはっきりとわかることがあった。私、飛べるのね。そうなんでしょう。あなたのせいで私は飛べる。気がつけば足が勝手に前へ進んでいた。私を見て、教えて、忘れないで、いなくなって、愛して、……。愛しているわ、先生。

主皆(九龍)

甲太郎、と音を持って降ったそれは普段よりも余裕の色を欠いて響いた。こういうことをしているときでしかあまり聞くことはない種類の声音だ。涙やら涎やらあらゆる液体のせいでめちゃくちゃになっているのを隠すため枕に埋めていた顔をずらし、ちらりと声のほうを見やる。その男は相眸をじっと俺に向けていた。視線同士がかち合うと、それは少しだけ目尻をほどき空気を和らげる。
「やっとこっち見た」
「……だから何だよ」
「寂しいんだよ。ずっと目が合わないの」
顔も見たいし、と言いながら九龍は俺の頬に手を当てる。涙の跡を指で辿り、形を確かめるように輪郭をなぞった。触れられるたびにいちいち肩を震わせてしまう自分に少し腹が立つ。
「こんなめちゃくちゃな顔が見たいのか、お前」
「見たくないわけない」
「ずいぶん悪趣味だな」
わかってないな、と言いながら男は口を三日月に歪めた。だが目元にあったわずかな和らぎはゆっくりと消失する。静寂を湛えながら、しかしいやに騒がしく鈍い光を持って九龍は俺を見下ろしている。腹の奥にある自分でも把握のできない部分がざわりと疼く感覚を覚えた。妙にむず痒い指先をシーツに擦り付ける。
「こういうことしてるときの、お前の目が好きだよ」
囁くように九龍がそう呟く。どういう目だと訊こうとしたが、聞いてもあまり得がなさそうだと思い口を噤んだ。骨ばった指が俺の顔から離れ首筋を滑る。鎖骨をなぞってから胸をくだり、そっと突起に触れてきた。快楽を得るのに慣らされた体は意思に背いて反応を示す。はあ、と息を吐けば眼前の二つの光が質量のある熱を孕み、それはじりじりと火を起こすとやがて炎に変わった。もう一度突起を擦るように撫でられ、思わず小さく声を上げると炎の温度はさらに高まっていく。
さっきの九龍の言葉と真反対のことを、こういうことをしているときにいつも考えている。今目の前にあるこの瞳、この籠もった熱を真正面から浴びるのは俺は正直苦手だった。苦手というよりかは、恐怖か何かに近いのかもしれない。これに見つめられているのは燃やされているのと同義だ。網膜に燃え移ったそれは横暴なくらいの早さで火を広がらせ、頭の頂から足の指の先まであっという間に包んでしまう。身動きも取れずにただそれを享受するしかなく、ろくに息もできなくなるその感覚にどうしても慣れることは出来なかった。うねり、立ち上るそれを消火する術は知らない。どころかどうやら薪をくべているばかりのようだ。いつかこの炎は俺のすべてを燃やし尽くし、鍵をかけて頑丈に閉じているはずのその部分にまで手を?
?ばしてくるのではないかと、そう考えるだけで指の先が震えてくる。
いたたまれなくなり、視線を炎から引き剥がし再び枕に顔を埋める。九龍が「あ」と声をあげた。残念だ、という響きを隠そうともしない。
「もっと見たかった」
「見せもんじゃないんだよ俺の顔は」
ええ、と不満気に転がる呟きには無視を決め込む。どうやら諦めたらしい男は小さく悲嘆の呻きを漏らしながら俺の髪を何度か撫でた。なあお前、次するときはゴーグルでもつけて来いよ。それならおそらくまだマシだ。……言ってもきっと困惑されるだけだろう。

主皆(九龍)

顔を寄せても抵抗の言葉はひとつもなかった。くせのある毛をかきわけて額にキスを落とし、次に唇へと自分のそれを押し当てる。閉じられたそこをノック代わりに舌でなぞると、城の主はかすかな吐息を漏らしながらあっけなく侵入を許した。甲太郎の舌にちろりと触れたあと、すぐさまそれを絡め取る。
「ふ、う」
普段とは違う甘い声色が鼓膜を侵す。かすれた響きはこちらにとって完全なる毒となって体に作用した。思考の鮮明度が落ちる。この男の声というのは本当に、どうして相手の感情をここまで揺さぶるのか。
唇を離すと二人の間につうと糸が引いた。甲太郎の瞳は確かに熱を帯びていて、その輪郭がわずかにぼやけている。誰にも見せたくないものだ、この男のこんな瞳は。思いながら目元に指で触れると、少し煩わしそうにその眉がぴくりと動いた。
「なんだ」
「ん?」
「目玉でも引っこ抜くつもりか」
咎めるようなからかうような口調で目の前の男はそう紡ぐ。普段よりわずかに回数の多いまばたきを見つめながら、なるほど悪くないな、と呟いた。
「人間の瞳のきらめきって、時にどんな宝にも勝るように思うな。手に入れてみたくなる」
「……ハンターとシリアルキラーの狭間に立たせちまったか?」
「はは。半分冗談だよ」
「半分なのかよ」
つい、と目尻をなぞったあとにまた顔を近づけて、今度は触れるだけのキスをした。目前の宝はゆっくりとその帳を下ろし、睫毛をかすかに揺らす。従順なようすを前に胸の奥で優越感がぱちりと弾ける。あたたかさにわずかな名残惜しさを感じながらも唇を離し、その目が開くさまをじっと観察した。甲太郎のけだる気な眼差しが至近距離から俺を見つめ、くぐもった熱がこっちの網膜を炙るように焼く。薄く開いた赤は静かに言葉を紡いだ。
「俺はお前の瞳を見てると背中が痒くなる」
「ああ、言ってたな」
「それと、妙な感情が湧いてくる」
「……どんな?」
訊いてみるが、甲太郎は答えを口にはしなかった。すいと瞳を逸らしてただ押し黙る。だが、その沈黙はなかなかに雄弁だった。言葉よりも明確な答えを提示したのと同等だ。
投げ出された手の上に自分のそれを重ね、ゆっくりと指の隙間を埋める。くすぐったいのか甲太郎はわずかに吐息を零した。
「たぶんそれは俺と同じ気持ちだと思う」
「同じ?」
「俺が欲しいんだろう、お前」
言って、手の甲にゆるく爪を立ててやった。甲太郎の肩がびくりと跳ね、声にならない声が口から洩れ出る。大きく揺らいだ瞳の中には星が散った、ように見えた。ああ、欲しいな。衝動に近い思考が回る。男の口は反論の言葉を紡ごうとしたが、なんとなく遮りたくなってまたそこを塞いだ。

ダニショ未完(LIS2)

夕日が少しずつ海の中に溶けていく。缶ビールを手の中で小さく揺らしながらそれを見届ける生活にもずいぶん慣れてきた。俺たちの背後に迫ってくる大きなもの、それは確かになくなった。けれど新たな影はまた際限なく生まれていく。俺たちはこれからもそれらから二人で逃げ続けなければいけないのだろう、きっと死ぬまで。
潮風が肌をなぞって、視界はオレンジに染まっていく。隣のビーチチェアに寝そべっていたダニエルがビールをもうひとつ取ってくると言うので短く返事をした。サンダルが砂を混ぜる微かな音が響くなかで、凪いだ海をぼうっと見つめる。
ふいに頭上に影が生まれた。ダニエルがじっと俺を見下ろしているのだ。すっかり大きくなった弟を静かに見上げる。ダニエルは俺の座っているチェアに手をつき、少し屈んだあとそのまま俺にキスをした。受け入れるでも拒むでもなく、ただそれを受け止める。唇を開いてほしそうにその舌が動いたが、開くことはしなかった。
やがて諦めたようにダニエルが離れ、あらゆる感情の詰まった瞳で俺を見つめる。早くビール取ってこいよ、という俺の言葉には特に返事を返さなかった。
「なあ、ヒゲ剃れよ。痛い」
「断る」
「剃れって」
「俺の勝手だろ」
「…………」
ふん、と鼻を鳴らしてダニエルはビーチチェアに腰掛ける。プルタブを引く軽快な音があたりに響くと、次にごくりと喉を鳴らす音が横から聴こえた。そこからはまた静寂だ。何を話すでもなく、二人でまた雄大な海を見つめる。
昔ほど俺たちの間には言葉がなくなったように思う。もはや話すようなこともなかったし、思い出話なんてしたところで意味もない。たまに父さんの話を少しだけして、それ以外のことは特別話題にはしなかった。こんなふうになったのはいつの頃からだったろうか。まあ、会話が減ったからといって険悪かと言われるとそういうわけでもなかった。むしろ、より強固な結びつきを得たような気さえする。……その形は少しいびつだったが。



メキシコエンドいいよね…エッチだった

主皆未完(九龍)

久々に聴いた声音は耳によく馴染み、回線の向こうにいるはずのその男がまるですぐ近くにいるような気にさえさせた。「甲太郎、元気?」と問いかけてくるその音はどことなく甘ったるく頭に響く。
「まァ、病気はしてないな」
「なら良かった。俺はさ、昨日敵に猛毒浴びせかけられて大変だったよ」
「なッ……」
突然転がり込む死のにおいにどきりとする。大丈夫だったのかと訊くと、「まあロゼッタの科学技術すごいから」とさらりと言ってのけた。どんな技術だよ、という突っ込みには笑い声だけが返ってくる。
「皮膚ちょっと溶けかけたけど普通に治ったし。いやあ良かった良かった」
「……もしこれからそういうことがあって、治療薬が近くにないときは今から言う植物をすぐ傷に塗れ。応急処置程度にはなる」
言ってから植物の名前と効能を簡潔に伝える。九龍は素直にそれを聞くと、へえ、と明るい声を出した。
「詳しいな、甲太郎」
「詳しくなきゃ専攻してる意味がないからな」
「はは、そうか。でも本当にすごいよ、すごく助かる」
「……そりゃ良かったよ」
助かる、という言葉が胸にすっと沁みていく。そうさ、お前を助けるために俺はこうして机にかじりついている。バイトもしないで毎日ひたすら草木や花に向き合いつづけている。



な〜んにも考えずに書き始めちゃった
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