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多家友未完(ダブル)

ある日部屋を掃除していたら多家良の私物が出てきたので、多家良の家まで届けに行った。土曜日の夜のことだ。さっと渡して帰るつもりだったが、玄関から立ち去ろうとした瞬間に突然のどしゃ降り。『明日休みなら泊まってって』と裾を掴まれた俺の脳裏に展開されたバイトのシフト表によると、どんぴしゃで明日の欄は空白だった。
「俺も明日休みなんだよ。すげー偶然」
多家良は冷蔵庫から取り出した缶ビールを俺に差し出しながらそう言った。きんきんに冷えたそれをありがたく受け取りながら、へー、と返事をする。
「確かにすごい偶然だな」
「しかも日曜だよ?友仁さん基本土日は稽古なかったらバイトっしょ?」
「時給上がるからなー」
「ね、だからマジですげー偶然」
「だな」
つらつらと言葉が飛び交う。それらにはどれもまともに重力が無いように思えた。とりとめなく、綿毛のように部屋を漂っている。
「友仁さん」
その綿毛たちの中に、ふわりと多家良が俺の名を浮かばせた。口から勝手にこぼれ落ちてしまったかのような音の響き方だ。しかしスルーするのも気持ちが悪いので、『うん?』と小さく返事をした。
「友仁さん、……あー、風呂入る?」
「おー、そうだな。借りるわ」
「うん、どーぞ」
タイミングよく手元の缶はほとんど空になりかけているところだった。残りを一気に飲み干し、内容物のなくなったそれを手に持ちながら風呂場へと向かう。そうだ、湯をためておいてやったほうがいいだろうか。見たところ多家良はまだ風呂に入っていないと見受けられる。
「お前も入るよな?」
「えっ?」
尋ねた言葉に対し、妙にうわずった声が背中へと飛び込んできた。振り返って多家良を見やると、その目はなぜか四方八方へと泳いでいる。頭に疑問符を浮かべながら様子を窺っていると、やがて多家良は『ああ』と得心したような声を出した。表情の中に見えるのは大きな安堵と、若干の落胆のようなもの。
「次ね!うん、次入る!お湯ためといて」
「おー。了解」
軽く返事をして缶ビールをごみ箱へと捨て、そのまま脱衣場へと引っ込んだ。
服を脱ぎながら、内心で焦っていた気持ちをひとりそっと落ち着ける。──一緒に入ることを期待されていたな、きっと。なんとか取り繕ったように見せていたが、表情や仕草でつい察してしまった。
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