喜多杏未完(P5)

自分でも分かっているのだが、想像としての女性を描いたとき、それは全て「高巻さん」に近い。瞳や口元はサユリに似るのだが、髪や目、鼻筋は無意識下で高巻さんを意識してしまっていることが表れていた。学校でも「誰かモデルがいるのか」と指摘されたことがある。彼女は俺の、サユリに次ぐ理想の存在だった。派手に主張される眩しいくらいの美しさがむしろ良かった。もっとも、彼女を前にして、その絵を描くことは叶わなかったが。
「今日すっごい見てくるね」
杏はじゃがりこを食べ進めながら少し困ったような顔で俺に言った。じゃがりこ、羨ましい。俺も買ってくれば良かった。
「杏」はもう「高巻さん」ではない。俺は杏の絵は描けない、彼女は理想の存在ではなく俺の友人だからだ。その認知はなかなか強力で、一度杏と呼んだとき、何もかも作り替えられるように高巻さんは俺の前から居なくなった。思ったよりも無邪気な笑顔で笑う、子供のような少女だけが俺の目の前に現れた。今こうして俺に見せつけるようにじゃがりこをほうばっているのももう間違いなく杏だ。ああ腹が空いてきた。
「じゃがりこ欲しいの?……あー、ごめん、これでラス1……」
空の容器を覗きこんだ杏は申し訳なさそうに頬を掻いた。

日苗未完(ロンパ)

V3体験版時空
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モノクマの仕業で何故かボクと日向クンと赤松さんで共同生活をすることになってしまった。問題がありすぎてもはやどこから手をつければいいのかまったくわからない。部屋に入りなる黙りこくってしまったボク達はしばらくベッドだったり椅子だったり床だったりに座って物思いに耽っていたけど、やがて赤松さんがおもむろに立ち上がり「シャワー浴びてきていいですか」と死にそうな顔で切り出した。え、そんな急に成年向け漫画みたいな……とすごい勢いで日向クンと顔を見合わせたけれど、そりゃまあ普通に考えれば女の子だしお風呂には入りたいよな、とお互いひとまず平静を取り戻す。ここに来ていろいろなことがあったし、そりゃあ一人の空間でゆっくり物を考えたくもなるだろう。
聞こえてくるシャワーの音にいやに耳を澄ましてしまいながら、何故か日向クンと二人ベッドに並んで腰掛けている。日向クンはとても神妙な面持ちで肘を膝に付き指を組んで考え込んでいた。ボクはずっと床を見ている。床のキズの数を数えている。考えることは本当にたくさんあるから、あるだけに、現実がもやもやと形を変えて掴み所がなかった。
「なあ、苗木」
不意に日向クンがボクを呼ぶ。振り返ると、日向クンは眉間に皺を寄せながらボクを見ていた。悲痛な面持ちだ。そうか、日向クンは今の現状や今後のことを逃避せずにきちんと考えているんだ。ボクも前向きだけが取り柄なんだし、逃げずにきちんと考えていかなければならない。こういうところはさすが先輩だな、と思いながら「何?」と返事をする。すると彼はボクから視線を外し、「正直に答えてくれ」と呟いた。
「お前童貞か?」
あ、違った。日向クンはこの現状しか考えていなかった。『男女が一部屋』というこの状況をバリバリに意識してしまっている感じが雰囲気でわかりまくる。言葉の真意を閃きアナグラムで読み取るとつまり「お前こういう経験ある?」といったところだろう。こんなことで推理するのもバカバカしくはあるけど。しかもその目の前の動揺にあてられてか、遠退いていたシャワーの音がまた鼓膜を震わせに戻ってきた。
「俺たち仲間だろ?隠し事は無しだぞ」
「いや、うーん」
何となく答えづらくて曖昧な返事しか出来ない。日向クンの表情はわりと鬼気迫っていた。
「ええっと、そういう日向クンはどうなの?」
「……俺か?」
呟くなり日向クンは俯いてしまい、そこから大きな沈黙がボクたちの間に横たわった。険しい顔は隠しきれない哀愁が漂っている。
「童貞なんだね……」
「勝手に決めるな!!」
希望のカケラ回収イベントで狛枝クンに叫んだが如く吼えた日向クンは、しかしその後意気消沈したかのように項垂れてしまった。日向クンはここ最近まで体も脳味噌も忙しなかったから経験出来ていなくても仕方がないんじゃ?と思うけどそういう話ではないんだろうな。一種男のステータスみたいな問題だし。なんと声をかけるべきか迷っていると、やがてその顔が覚悟を決めたかのようにバッと上がった。日向クンの手がボクの肩を勢いよく掴む。
「苗木、確かに俺たち童貞にこの環境は刺激的過ぎるかもしれない」
「いや日向クンこそ勝手に決めないでよ」
「でもいろんな死地を切り抜けてきた俺たちなら、きっと大丈夫だ!俺たちならきっと理性だって……未来だって創れる!」
名台詞をなんてしょうもないところで使っちゃうんだ。そう言いたいけれど日向クンの眼力の強さにツッコミが飲み込まれてしまう。とりあえず頷くとゆっくりとした首肯が返ってきた。顔の近さから来る圧がすごい。軽く肩を押して距離を取りながら、まあまあ、と苦笑いをした。
「ここで動揺してたらそれこそモノクマの思う壺だよ。ボク達が協力してお互いを監視し合ってれば大丈夫だと思うし、もし本当に我慢ならないときは代わりにボクを襲ってくれればいいし……なんて。アハハ」
場を和ませるべくちょっとした冗談を口にしてみる。お前で興奮できるかよ、なんて言って笑ってくれれば成功だ。笑顔を貼りつけながら日向クンの軽快な笑い声を待った。しかし、笑い声どころか日向クンの顔からふっと表情が消えてしまった。


このあと滅茶ックス未遂

まこいず(あんスタ)

泉さんと転校生ちゃんが結婚するという知らせを受けたとき僕は不思議なくらいにショックを受けて、結婚式の招待状を持ったまま一時間ほど立ち竦んだ。出席と欠席の上の「ご」を見つめながらどっちに最後まで二重線を引こうか直前まで迷ったし(結局欠席を消して出席を丸で囲んだ)、言いようもない虚無感を拭うためいつもより多めにお酒を呑んだ。重い気持ちのまま式に参加し、ちょっと照れくさそうな泉さんととても嬉しそうな転校生ちゃんを見て、そこで僕はようやく自分が転校生ちゃんのことを好きだったのだと気がついた。
式の途中、転校生ちゃんが明星くんに泉さんとの馴れ初めを訊かれていた。転校生ちゃんは僕のほうを見て、「『ゆうくん』のおかげだよ」と微笑んだ。何でも僕が転校生ちゃんと仲が良いことを知った泉さんが彼女に近づいて、そこから二人は仲良くなっていったらしい。知らない間に自分が恋のキューピットになっていたという事実はあまり面白いものではなかった。

「ゆうくんっ、会いたかったよぉ!」
楽屋に入るなりそう叫んだ泉さんの目はキラキラと輝いていた。たった4ヶ月会わなかっただけの人間にこんなにも感動できるものなのかと感心すら覚える。泉さんと会うのは泉さん達の結婚式以来だった。さすがに結婚すれば僕への態度も落ち着くかと思っていたけど、どうやらそこは今までと変わりないらしい。普段どおり苦笑で受け流し、今回出演する番組についての細かな確認を始めた。そういえば泉さんと共演するのも久々だ。
「久しぶりだねぇ、こうやってゆうくんと話すのも」
まるで心でも覗かれたようなタイミングで泉さんはそう僕に切り出す。それは話題が自分達のことにシフトする合図だった。まあ確かに番組の確認なんて微々たるものでよかったから、こうなることは免れないとは分かっていたけど。
「最近はどう?いやな人達にいじめられたりしてない?何かあったら遠慮なく言ってね、ゆうくんの敵はお兄ちゃんがみんな潰してあげるから」
語尾に音符マークを付けながら泉さんはそう僕に告げる。相変わらず気持ちが悪い、そうだ、本当に相変わらずだ。たとえ結婚しても、……転校生ちゃんと結婚しても、この人は僕が一番大切だとでもいうかのように僕に接しつづけている。どうにも気持ちに収まりがつかなくて、感情を剥き出すように口へと託した。
「泉さんは最近どうなの?ほら、新婚でしょ」
「……えぇ、ゆうくんまでその話?」
泉さんは心底面倒そうに眉をひそめた。ゆうくんまで、という口振りからして、おそらくいろんなところでその話を振られているんだろう。この人のキャラ的にからかわれたり囃し立てられることも多いだろうな、と少し同情した。
泉さんは何度か言葉を吐き出しかけては止めるのを繰り返し、やがて諦めたようにこう呟いた。
「まあ、思ってたより悪くはないかもねぇ、結婚っていうのも」
照れているのか頬が微かに赤い。僕は驚いた、それはもうとても。取り繕うことすらやめて、彼は心から幸福に身を預けているのだ。これが僕以外の人間の前ならば納得が出来た。転校生ちゃんと過ごすことで心が丸くなって感情を素直に表出するようになったのだろうな、と安堵すら覚えたことだろう。けれどこれは他でもない、「ゆうくん」である僕への態度だった。僕の前で僕以外が一番だと示す泉さんを生まれて初めて見たのだ。そんなにこの人と転校生ちゃんは幸せに暮らしているのか。そう完璧に気がついた瞬間、暗雲が思考に立ち込めるのをはっきりと感じた。そこから生まれた言葉が喉へとせり上がってくる。もっと時間が経ってから言うのなら笑い話になるはずだけど、今はまだ冗談にもならない。そんな一言を必死でこらえ誤魔化して、けれどもう得意の我慢も限界だった。泉さん、とその名前を呼べば能天気そうな笑顔が僕に向く。その視線から逃れるために俯いた。
「実は僕も転校生ちゃんのこと好きだったんだよね」
口に出してみればやけにいびつな言葉だった。僕はテーブルの一点を睨み付けて、けれど笑みは絶やさない。いつ何時もアイドルでいるために身につけたこの無意識の笑顔ももはや呪いに近い。
泉さんはなかなか言葉を発しなかった。どんな顔をしているのだろう、今。気になっておそるおそる顔を上げて、そこで僕は見た。泉さんは真っ青な顔をして、唇を震わせ、ゆらゆらと瞳の奥を揺らしていた。今まで見たなかで一番可愛い表情だ。そう素直に感じて、そしてそこでようやく、僕が好きなのは泉さんだったのだと気がついた。


わがままブレイン遊木真

主喜多未完(P5)

「食うか?」
「え?」
ハワイのビーチの水平線に夕陽が落ちていく、なんて非日常的な様子を眺めていたら、唐突に隣の祐介がそう声をかけてきた。顔をそっちに向けると食べかけの海老が皿の上にぽんと乗っている。しっぽの存在感が大きい。
「お前、海老好きなのか」
「見た目も味も興味深い。食わないのか? 美味いぞ」
「いや、いいよ。お前が全部食べてくれ」
普段うちのカレーを真に迫りながら食らっているこいつの胃袋事情を知っている身で「少しもらってもいいか」だなんて言えるわけもない。祐介は「そうか」と淡泊につぶやくと海老を黙々と食べはじめた。
もうすぐ陽が完全に落ちる。そろそろ竜司たちや先生に呼ばれてしまう頃かもしれない。別々の高校だから、祐介とは別々に帰らなければならないな。普段はそんなことあたりまえなのに今は妙に名残惜しいと思った。お互い女でもないのに、おかしな感覚だ。
「美しいな、ここは」
ふと祐介がそうつぶやいて、海老のしっぽの残った皿を砂の上に置く。いつものように手でフレームを作って、落ちていく橙をその視界に収めていた。
「こう言っちゃ何だが、嵐が来て良かったのかも知れない。こうして海を見ることが出来た」
「ロスにも海はあるんじゃ?」
「あるが、きっとこっちのほうが綺麗だ。お前たちがいるからな」
自然に、当たり前のようにそう言い放った。注意していないと聞き逃してしまいそうなさりげない言葉だった。
「美しさというのはきっと、感情にも起因している。サユリを見ればそれが分かる。お前たちのおかげで、きっとまたいい絵が描ける」
濃い橙を頬に乗せた祐介の、細められた眼差しがこっちに向けられる。本当に何から何まで非日常だ。

ユリルド(TOX2)

モテモテスーツ分史
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「あなたは私の初恋の女性に、本当によく似ている」
慌てて掴まれた腕にかけられる力は女のそれを握るにしては強かった。しかし正体がバレている様子はないので、きっと簡単な配慮が出来ないくらいに兄は焦っているのだ。俺を懸命に引き留める姿に違和感を拭えない。いつだって笑って見送ってくれたじゃないか、どんな世界でだってあなたは善き兄の筈なのに。焦る目が一心に俺を見つめていた。俺は受け流そうと躍起になっている。
初恋の人と聞いた瞬間にすべて合点がいくくらいには俺はもう無知ではなかった。でもそれじゃあ、あの六文字さえあれば彼は俺の兄ではなくなるのか。黒く塗り潰された小さい頃の思い出の中で、顔の見えない母は確かに俺に微笑んでいる。それでもクラウディアは、……クラウディアが、もう俺にとって人物ではなくなってしまった。どの世界の中でも一等強く響く呪いの言葉だ。
「……また会っていただけませんか」
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