龍アソ(大逆裁)

「後悔していないか」
大学の道から随分外れた細道の途中にあまり大きくない鳥居がある。奥にはとても小さな神社と灯籠が二つ、昨晩から降りつづける雪をこうべに被せて冷え冷えとそこに立っていた。控えめに敷かれた石畳もすっかり白で覆い隠されている。中に入ろうとは思わなかったが、どうしてか目に留まった。オレが足を止めたのに合わせて、後ろから聞こえていた雪を踏む音も止む。後悔って何の、と呟きのように返ってきた返事はどうにも聞こえづらかった。きっと雪のせいだろう。
「キサマはじきにオレと倫敦へ向かう。正規ではない方法でだ」
「オレと来るという選択をしたことを悔いてはいないか」
背後でおさえた笑い声がする。きっといま眉を下げて微笑んでいる。
「気が早いな。行く前から後悔なんて出来ないよ」
水が溜まり薄氷を張った賽銭箱が網膜をひっそりと刺した。久々に相手の目を見ず会話をしている。キサマの父上に叱られてしまうかも知れんな。
此処に来るまでに付けた足跡などすぐに陽に溶けて消えるのだ。帰路はとうに消え去っている。ようやく後ろを振り返れば成歩堂は鳥居の奥を興味深そうに見詰めていた。頬や鼻の頭が赤く染まっている。
「お参りしていく?」
もはや神など去っていそうな寂れた神社を指差し、オレにそう尋ねる。長く息を吐いたのち、ゆるく頸を振った。
「今日はいい。それより、牛鍋でも食いに行かないか」
そう言ったら男はこちらに振り返って大きく頷いた。ようやく視線が合った、と些細なことばかり考えた。


100個ぐらい同じようなの書く芸人

小ネタ詰め

・大逆裁(龍アソ)

あの夏から変わらず忌々しい。その器用な赤い舌は今日もオレの前にちらちらと顔を見せる。男が米を食らい口の端に飯粒をつければ赤は不意に現れ米を掬い取っていく。団子のたれが串に垂れればまた現れ緩慢に舐め取っていく。ああ腹が立つ。たった器官一つに、何故こうも心臓を逸らせねばならないのか!

「実はぼくさ」潜むような声は店内の雑音に掻き消えてしまいそうだった。やたら真剣な眼差しがオレを真摯に見つめている。思い詰めた表情はまるで告白か何かでもしているかのように悲痛だった。思わず喉を鳴らす。男の次の言葉を、全神経を過敏にさせてただ待った。「今日財布忘れたんだ」「…おい!」

洋鞄の蓋を閉めた瞬間無数の想いが刃となりオレの背中を刺し貫いたのだ、胸の前まで顔を見せた切っ先がオレに祝言を告げる!ついに捕らえた、この腕の中だ、灼熱に茹だる真夏の某日から今日までずっとこの時を待っていた。船員に、赤の他人に伝えられる。これは私物なのですと。ああ毒のように甘美だ。

人の騙しかたを知らないと言う。嘘の隠しかたを知らないと言う。感情の果てを知らないと言う。まったくいじらしいではないか。この男の両の水晶に貼り付く濁りはオレが斬り伏せてやろう。この男に辞書を作ってやろう。愛を書き憎は消した。「任せろ。全てオレが教えてやる」「ああ、助かるよ、亜双義」


・P5

例えば今日だってチャットは朝から鳴り止まず、今ヒマ?なんて文面が何度も画面に表示される。やる事だって行く場所だって会える人だって自慢じゃないが山ほど存在するのだ。それでも向かうのは地下通路のいつもの場所、俺の誘いに対してお前は普段通りに言う。「お前は暇なんだな」……ああ憎らしい!
(主喜多)

「喜多川くんって好きな人いる?」「ああ」予想外の返事に私は驚いた。何故だか当たり前のように、いないものだと思っていた。「告白の予定は?」言ったら喜多川くんは絵を描く手を止めて考え込む様子を見せる。やがて諦めたように笑って、絵の中の爛漫と咲いた花を指差した。「この花が枯れた時だな」
(主喜多/喜多川とモブ女子)

「俺にはお前だけだよ」頑丈な意志を込めた眼差しで奴は俺にそう告げるが、その目は俺にだけ向けられているものではないのだと思う。お前の隣に特定の人物がいた覚えがない。代る代る知らない女と男がいる。「嘘は好かない」「……信じてくれよ」信じてほしいなら、そう曖昧に笑うものじゃないだろう。
(主喜多)

「個展を開くので是非来てくれ」という手紙とチケットを握りしめて、俺は祐介に会いに行った。祐介は喜んで、俺に丁寧に絵の説明をしてくれた。その最中、ふとある一枚が目に留まる。人物画だった。想い人を描いたものだということが、一目ですぐに分かった。「…祐介お前、俺のことが好きだったのか」
(主喜多)

ぺごくん「はぁ……祐介……好き……」
祐介「破ァ!!!!!!!!隙ィ!!!!!!!!!!!」
(主喜多)

「今度結婚するんだよね。ご祝儀期待してるから!」色気もへったくれもねーよ。スマホ机に置いたあと俺はひとしきり笑った。国会議事堂の前で俺にビンタかました女が、結婚!こんなにめでたいことはなかった。初めてあいつを見た日のことを思い出す。その日に名前覚えたぜ。きれーな色だと思ったんだ。
(竜司と杏)

電車が通りすぎる瞬間、ここにいないはずのお前が一瞬だけ俺の隣に出て来て、俺を呼んで笑ったんだ。瞬きしたら消えたけど、確かにそこにいた。幻覚と幻聴が交互にきちまった、ヤベエと思うだろ。なあ、お前のことどう表したらちゃんとした形になるんだ、教えてくれ。…俺国語苦手なんだよ。
(主竜)

「本当のこと言ったら幻滅するよ」パンの包装紙を開ける無遠慮な音が冬の公園に響く。茶色に錆びた遊具はどこまでも物悲しく光を失っていた。隣の竜司は焼きそばパンを大口を開けて頬張る。寒空の下の公園と焼きそばパン、少しちぐはぐな組み合わせだと思った。「しねえし。言えよ」「嫌だ」「言えって」「言わない」「じゃあ俺が言うわ」あのさ、と呟くのに合わせて吐かれた息の白さだとか、きっと一生忘れないのだ。もう一度言ってくれないか、心臓がうるさくてうまく聞き取れなかった。
(主竜)

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