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主竜(P5)

「お前の隣、俺だろ?」
なんてお前は簡単に言うが、ならこれから俺はどうすればいいって言うんだ。地元に帰る俺にお前は着いてきてくれる訳じゃない。俺だって残りはしない。お前の隣が俺ではなくなることに、なあお前、ずいぶん無関心じゃないか。……なあ、聞いているのか、竜司。
聞こえるわけもないのに、何度もそんな風に胸のなかで問いかける。世界すら奪った身なのに、度胸なんて人一倍あるはずなのに、お前への臆病はいつまでたっても治らない。

「今日お前んち泊まる」
一週間後に出発だというときに、急に竜司は俺にそう言った。その目はテレビのゲーム画面に向けられていたので、詳しい感情は窺い知れなかった。アクションに合わせて控えめに明滅する画面が竜司の横顔を照らしているのが、夕方になって薄暗くなってきた屋根裏部屋だとはっきり分かった。
「……ちゃんと操作しろよ。ゲームオーバーんなっても知らねえぞ」
呟くように言われて、言われるがままコントローラーを握り直して画面に視線を戻した。

やっぱり無茶だよな、なんて最初から分かってはいたが、部屋が寒過ぎるとあんまりにも竜司がごねるので暖を取るため仕方なく二人で布団に入った。ベッドと呼ぶには脆いビールケースの上、男二人が寝転ぶには狭いやら痛いやら最悪の有り様である。けれどぴったりとくっ付け合った背中から相手の熱はよく伝わった。竜司は体温が高い。俺の体温はそこまで高くないから、竜司から熱を奪ってしまってやいないかと心配になる。
スペースの限界によりソファーで寝てくれているモルガナの寝息だけが屋根裏部屋に規則正しく響く。竜司の寝息はいつまでたっても聞こえてこない。俺も眠れはしなかった。
「なあ」
「うん?」
呼び掛けに被せるように返事をしてしまう。早すぎはしなかったかと少し恥ずかしくなった。竜司はもぞもぞと動いて、なかなか次の言葉を口にしようとしない。シーツを握りしめてただ待っている。やがて、お前さ、と呟かれたときにはもうずいぶん時間が経ったように思えた。
「マジに帰んだな」
「うん」
「電話もチャットもしまくるから」
「うん」
「休みは会いに行くし。お前も来いよ」
「うん」
竜司の言葉が途切れる。今どんな顔をしているのか、とても見てみたかったけれど勇気がなかった。見てしまえば絶対に帰れなくなってしまうだろう。人のために生きるというのは、自分の感情を人のせいにすることではない。竜司のために帰らないのは、きっと自分勝手な話だ。
竜司がひときわ大きく動いて、ビールケースがガタと揺れる。次に自分の足に竜司の足が絡み付いてきた。暖かい。足というのは、竜司の心がある箇所だ。喉の奥で感情がつっかえる。
「お前の隣は俺だろ」
「……うん」
「分かってんならそれでいいんだよ」
話すというよりはまるで自分に言い聞かせるように竜司は俺にそう言った。毛布を頭までかぶって、つんと痛みの走る鼻をシーツに埋める。きちんと伝わっているのか、きっとお互い不安になっている。それでも触れあっている肌のこの温度さえ覚えておけば、何度だってここに帰ってこれるのだ。なあ竜司お前こそ、ずっと分かっていてくれ。お前の隣に還るのはいつだって俺なんだ。
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