玄関を開けた瞬間に大声で俺の名前を呼んだ週末の訪ね人はどこからどう見てもここ数年連絡すら取れなかった友人の喜多川祐介だったし、さらにそいつはやたらにでかい四角い何かを両手に重そうに抱えていた。まあ、その正体は確実にキャンパスだった。絵を見せに来た、ということだろうか?
「やっと完成したんだ、この絵が。誰よりも早くお前に見せたくてな」
当たっているようだ。喜多川祐介は絵を見せに、俺に数十年ぶりに会いに来た。長年連絡も寄越さず済まなかっただとか、そういう言葉さえ口にすることなく。なあ祐介、俺は何度もお前に電話をかけた。手紙を書いた。一人になったとき、気が付けばいつもお前の名前をつぶやいていた。彼女だって何人かはいたけど、お前の笑顔を思い出すたびむなしくなっていつだってすぐに別れてしまった。なあ祐介、分かるか、俺もお前ももう39になるんだ。初めて東京で出会ったあのときからもう20数年が経った。俺は皺が増えて、お前だって増えた。それなのに、お前はまだ息も止まりそうなほど綺麗だ。面食らってしまう。
「お前の事を考えて、ずっとこれを描いていた。……しかし、顔なんて実物を見なくても記憶の中だけで充分だと思っていたんだが。お前はますます美しくなったな」
さらりととんでもないことを言うところ、まったく変わっていない。恨み言のひとつでも言ってやりたいのに言葉がうまく出てこなかった。
ついこの間祐介の個展を見に行った。どの絵の素晴らしさも俺の言葉では表しきれない。人の醜さも美しさも何もかも、お前は巧みに描き出している。お前は立派な画家になった。あまりにも当たり前な未来だと思ったんだ。だから俺は、ああ祐介、
「お前が好きだ」
唐突にそう告げられた。俺は芸もなく、ただ、目を丸くした。
「言葉より、絵を見てくれれば分かるはずだ」
そう言うと家に押し入り、玄関にキャンパスを置く。強引な行動を呆れる暇も与えられずキャンパスに掛かった布を取り払う祐介をただ見ていた。ばさっ、と白が取られた瞬間、ひとつの絵が顔を出す。それは人物画だった。とても繊細に、緻密に描かれている。その技術ももちろん凄まじいものだったが、何より目を惹いたのは絵から溢れ出る祐介の感情そのものだった。まるでこちらに伝えるために描かれているかのように想いの具現化したそれは、まさしく高校時代の俺の絵だった。この男はずっと俺のことが好きだったのだと、それは億の言葉より明確に示していた。逃れられない、何度だって探られて盗まれる。そうだ、こいつだって怪盗なのだから、当たり前だ。
「ずいぶん時間が掛かってしまったが、これが俺のお前への全てだ」
「よければ、受け取ってくれないだろうか」