小ネタ詰め

・瀬戸内海(セトウツ)

サイレンの音が近づいてくる。瀬戸は俺を抱きしめたまま一向にその場から動こうとしなかった。「はよ逃げろや」「ええねん、そんなんええねん」「何がやねん。俺がよくないわ」「内海。あんな、生まれ変わったら俺がお前のこと産んだるからな」「何やそれ」「想くん想くん言うて可愛がったるからな」

「アホやなあ」あの時なんて言ってほしかったんやろと思って、たぶんこれやと気づいた。アホやん内海、なに燃やしてんねん。自首しよ、ごめんなさいしよな、俺も行くからな。それぐらいでたぶん俺は救われた。ここまで望んでなかったのに。瀬戸の寝息が規則的に部屋に響く。俺に縛りつけてごめんな。

瀬戸は一瞬、諦めたような顔をして俺を見た。あ、今の一生忘れられん。そう思って瞬きすれば次の瞬間にはもうさっきの表情は消えている。「内海。行こ」いつもみたいな声で俺の手を引くから驚いた。火の熱が背中をぬるく焼く。「瀬戸、ええよ」「黙って歩け」「もうええから」「うるさい」「ごめんな」

肌なま白っ、と呟くと内海は微妙な顔で俺を見た。眼鏡がうわずって斜めになっている。ガラスの取っ払われたむきだしの視線には馴染みがなかった。内海の目の、黒目とか白目とか、まつ毛の生え際とか目尻とか(ちょっと赤くなっている)永遠に見つめてしまう。「なあ、寒い。…触るんやったらはよ触って」

分かったで内海、笑いいうんは言うたら「流れ」から「外す」ことで生まれるもんや。分かってしまった。分かってしまったから俺はこんな日常会話の真っ只中であろうとお前に告白が出来てしまうねん。これで大ウケと両想いの二兎を追えるわけや、俺冴えてるわ。「は?何なん」スベったわ。あかんやんけ。


・TOX2

「ああ、なんということ……!」「許されないことだわ」「私の命を奪ったうえにあなたは、私の息子まで奪うのですか」「ユリウス様。いいえ、ユリウス。……汚らしい」「あなたを軽蔑します。ユリウス、……あなたを心から愛していたのに」ああクラウディア、許してくれ。馬鹿な俺を許してくれ、……。
(ユリルド+クラウディア)

ルドガー「なーホントに呼べるの?」兄さん「ハハハ、任せろ。あーどうしても叶えたい願いがあるなあ…」クロノス「時の神様だぞ」ルドガー「うわホントにキタwwwww兄さん大好き!」兄さん「俺もだぞ」クロノス「……………」
(タウンワークCM)

「あ、…あ、は、なんだ、ミラ、お前生きて」「…いや、死んだ。ミラは死んだよな?じゃあ、…ああそうか。そっか。そうだよな、ああ」「ごめん、本当にごめん、ごめんなさい、許してもらえるなんて思ってない、でも、ごめん」「なあ、何か言ってくれ。何でもいいから、なあ」「…何か言ってくれ……」
(ルドミラ)

「住む世界が違うと以前貴女は仰っていましたが、ようやくそれの本当の意味が分かりました」この世界の兄さんはそう言うと静かに目尻に皺を寄せた。月明かりに照らされた頬が冷たく光っている。「どうりでよく似ていると思った。貴女は…お前はつくづく母親似だ」その瞳の奥には俺の母が映っていた。
(ユリルド/モテモテスーツ分史)

「最近兄さん知らない人来ると怖がるんだ。だから、な。ごめんな」そう言って友人は俺に銃をつきつけた。こんなつもりじゃなかった。俺はただお前のことが心配で、久々に話でもしたいなって思っただけで。「待ってくれ。落ち着いて話そう?誰にも言わないからお前たちのこと、なあ!頼むから一度話し
(ユリルド+モブ)

セトウツ(瀬戸内海)

「卒業旅行行こや。将来のこと一ミリも考えへん時間ほしいねん」
自分でも本気なのか冗談なのか分からんノリで内海にそう言うと、右隣から返ってきたのはまさかのオッケーの返事だった。それから二日後ぐらいに内海はるるぶじゃらんその他諸々の雑誌を買ってきて、どこ行きたいか選び、と俺にそれを差し出してきた。なんやねんその溢れ出る男気は。思いつつも、まあせっかく内海が乗り気やからということでそこそこの近場へ旅行することになった。三月といえどまだまだ風は冷たくて旅行先も肌寒かったが、内海と川原以外でいつもどおりの会話をするという状況の面白さに気を取られていたので寒さはそこまで気にならなかった。
予約した旅館は値段にしては内装がきれいでサービスも良かった。部屋はちょっと狭かったけど、二人だけならまあ充分な広さだった。その日は夜遅くまで俺の持ってきたババ抜きとオセロで遊んだ。絵しりとりもしよや、と提案したが『あれはあの日生まれた芸術がすべてやから、これ以上の発展は望まんほうが美しいと思う』とわけのわからん理由で断られた。
布団にくるまりながらさんざん遊んでいるうちにいつのまにか眠ってしまったらしい。目を開けるともう朝で、しーんと静まり返った空気が部屋に満ちていた。布団の端にほっぽり出してあったスマホを見るとAM5:21と表示されている。
隣に目を向けると当たり前ではあるけど内海が眠っていた。寝る直前になんとか取ることに間に合ったらしく、投げ出すみたいに布団の近くに眼鏡が置かれている。裸眼の内海はけっこうレアや。物珍しさからしばらく観察していると、眼球が瞼の舌でうろうろと動いた。うわ、寝てるときってほんまに目ん玉動くんや。
「おもろいわー」
誰に聞かせるでもなく呟きながら頬に手をついて内海を眺める。眼球を見ているうちに気づいたが、内海は睫毛が腹立つほどに長い。こいつ目にゴミ入ったことないんちゃうか。よう見たら肌もアホかっちゅうほどきれいやし鼻筋も通っている。ほんまにキレーな顔面しとるなこいつ。デコに肉て書いて台無しにしたろかな。
「ん」
ふいに内海の眉間がゆがんで、口から一文字だけが漏れた。何度か手足をもぞもぞ動かした後、その睫毛バシバシの目がゆっくりと開いていく。とぼけたような顔はかなり珍しかった。まあ寝起きの内海なんか見るの初めてやもんなあ。
「おはよう」
「……おお」
「早起きできてえらいねえ想くん」
「……起き抜けから雑な母性浴びせかけんといてくれる。ていうかお前も妙に早起きやん」
「まあな。俺旅行のときやたら早起きするタイプやねん」
ああそう、とだけ呟いて内海は目をしばしばと瞬かせる。まだあんまり頭が働いていないらしくいつものキレはない。布団から出た肩が寒そうに震えていたので、掛け布団を上にずり上げてやった。内海の目尻がちょっとばかし柔らかくなる。
「ぬくなったわ」
「…おお、よかったやん」
「この布団持って帰られへんかな」
「いや無理やろ。なんで?」
「……毛布捨ててもうたから。代わりに…」
と、そこで言葉が途切れた。なんやどうしたと顔を覗き込んだら、内海の瞼はまた閉じられている。いや二度寝すんのかい、という一言にも返事はなかった。まあええけど、急ぐ旅でもないし。ゆっくり寝たらええねん。
……布団買い取られへんか女将さんに言うてみよかな。無理やろけどなあ。

セトウツ(瀬戸内海)

燃えている。生まれてから今までずっと寝起きしてきた家が、数メートル先で。ごうごうとアホみたいに天へ伸びる炎に壊されていく。
感慨はなかった。後悔もそれほどには。それはそうやろ、今日まで俺はこの日のために生きてきた。姉の誕生日に家に火を放って。父を母を姉を、今までの自分を過去にする。ガソリンも眼鏡も毛布も全部これを見るための舞台装置。一酸化炭素が部屋中に充満して、美しい映像の中で家族はきっと苦しんで死んだだろう。そう頭で思っても克明な想像は出来なかった。ただただ他人事のような気持ちで、燃え盛る家を見つめる。
「内海!」
いま一番聴きたくない声、それが唐突に背後から響く。振り返るべきか迷った。消防車が何台も道に停まり赤いランプを回している。立ち去るか自然に出ていくか、何かしらの行動をしたほうがいい。そう思えど体がうまく動かない。もういちど内海、と名前を呼ばれて、仕方なく振り返ることにした。ついでに最低限の言葉を添える。
「瀬戸。ごめんな」
視線がかち合う。瀬戸は俺を丸い瞳で見つめた。それはすぐに火の粉の飛び交う家に向いて、そこで瀬戸は一瞬、ものすごく遠いものを見るような目をする。あ、今のたぶん一生忘れられへん。今日から毎日この目が夢に出るんやろうな。
「内海」
ぱっと視線を俺に戻した瀬戸がこっちに歩いてくる。胸ぐらでも掴まれるかと身構えたが、意外にもその手はただ俺の手を強く掴んだ。そのままぐいと引っ張られ、よろけるのもお構いなしに強引に前へと歩かされる。
「行こ」
「……えっ」
あんまりにもいつもどおりの喋り方でそうつぶやいたから戸惑ってしまう。雨降ってきたから橋の下行こ、とでも言うかのような気軽さだった。瀬戸は俺の手を引いて早歩きをする。降るのは水どころか火だ。俺がいったい何をしたか、こいつは分かっているはず。
「瀬戸、瀬戸」
離してや、という言葉でその背中を叩くが、瀬戸は返事をしない。いま瀬戸がどんな表情をしているのかまったく予想がつかず、すくむ足は頻繁にもつれた。
「瀬戸、はよ家帰って。このこと全部忘れろ」
「黙って歩けや」
ようやく響いた声にはこれでもかというほど怒気が孕まれていた。苛立ちは俺を掴む手の不必要なくらいの強さにも現れている。俺は瀬戸の言葉を無視し、続けざまに語りかけた。
「もうええよ瀬戸」
「あのな。自首しようと思う」
「父親と母親殺したら自由になるってずっと考えてた。でも今、自由とは思われへん。当たり前や、三人殺した」
「だから瀬戸、もう俺」
そこで、俺の言葉を遮るように『黙っとけ』と瀬戸が言った。少し抑えた声に乗る感情はこれまでの中で一等強い。瀬戸はいま本当に激しく怒っている。俺と、それから他の何かに。
「一人でいろいろ考えて全部自分だけで結論づけていくん、お前の最大にして最悪の欠点や。周りの人間がどう思うかってなんも考えへんのか。お前の勝手で、俺がどんだけ傷つくかとか、なあ。内海」
言いながら瀬戸がこっちに振り返る。頬に炎の橙色と消防車のランプの赤が薄く差し込んでいる。目尻の輪郭が少しだけゆがんでいた。俺は、と口にする声も、かすかに震えている。スーパースターにこんな顔をさせる俺は、もしや最大の脅威なんじゃないだろうか。きっと誰よりもお前に救われてきたのに。
「俺は、まだ明日もあさってもお前と喋りたい」
ぐ、と瀬戸が拳を握りしめる。すぐ近くの喧騒が異国のことみたいに思えた。俺の一等星。ヒーロー。今、その目の中に星は光っていない。……俺のせいで。
「内海。だから行こ。はやく」
瀬戸はまた前を向いて俺を引っ張った。振り解こうとしたがどうしても振り解けない。力強いねんお前。いや俺が弱いんか。もうどっちでもええわ、あほらしすぎて涙が出てくる。
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