スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

セトウツ(瀬戸内海)

「俺むかしめっちゃ爪噛む癖あってん」
「そうなん」
「もう親の仇か言うぐらい噛み続けて指までいってもうててな」
「ブレーキが大幅に故障してるやん」
「でもオカンにさんざんみっともないみっともない言われたから中学上がったぐらいに直してん。だから今キレイやろ、ほら」
な、と言って瀬戸は眼鏡に当たるか当たらんかというほどの近距離にまで指を持ってくる。逆に見えへんねんと呟きつつ爪に目を凝らすと、そこは昨日見たときより少し短くなっていた。
「爪切ったん?」
「え?あ、うん。昨日切った」
言いながら瀬戸は自分の人差し指の爪を親指の腹で軽く擦った。ちょっとギザギザするわ、と口にしながら視線を空に向ける。
「なんか曇ってきたなあ」
「降ってきそうやな」
「傘持ってる?」
「持ってない」
「今日塾は?」
「ない」
「じゃあ俺の家こーへん?雨宿りしていったらええねん」
「ええの?」
「おう。今日オトンもオカンもおらんから気ぃ遣わんでええで」
「助かるわ」
じゃあ行こか、と瀬戸が尻を払いながら立ち上がる。その際、また爪の先を指でいじっていた。爪、切るほど長かったかな。言うほどでもなかったけど。……というか瀬戸の爪の長さをいちいち気にしている自分に少し引く。しかし『そういう』関係になってからというもの、なんとなく気にかけてしまう。
瀬戸は性的なソレをするときにほぼ必ず爪を切る。いくら互いに自制が利きそうにない状況でも、ちょっとでも爪が伸びていると思うと『ちょお待って』とストップをかけわざわざ爪を切り始めるのだ。べつに大丈夫やで、といくら言っても聞く耳を持ったことはない。ありがたいやら何やら、微妙な気持ちのままそれを眺めるのが通例になっている。そんな瀬戸が今日、爪を切ってきている。深い意味はない。と、思うのだが。
……いや、本当に意味はないのか?まず初めの噛み癖の話。あれがもし、俺が瀬戸の爪を強く意識するよう意図的にされた話なら。そして今のこの状況。瀬戸の家には父親も母親もいない。雨については、昨日天気予報を見ていれば事前に予測できたはず。……まさか本当に計算ずくか?最初からこいつは、俺がこいつの家に行く展開へと持ち込もうとしていた?そして家に行ったら、するつもりか、今日は。
「瀬戸」
名前を呼ぶと、大きく伸びをしていた瀬戸はこっちに振り返る。何?と訊いてくる声はいつもどおりとぼけているが、それすら策略のように思えなくもない。
「すんの、今日」
「え?何を?」
「いや」
「?」
「……爪切ってるし」
「??」
「誰もおらんのやろ、家」
クエスチョンマークをもうひとつ追加したあと、瀬戸はしばらく虚空を見つめこっちの言葉の意味を理解しようと黙り込んだ。少しの間のあと、ハッとした顔で視線を合わせてくる。同時にその顔が赤らみ始めた。
「え、いや。あのー。ちゃうねんほんまに。そういうつもりはほんまにまったくなかったんやけど、ほんまにほんまに」
「…ほんまにの酷使が過ぎるわ」
「え、はあ、なに、内海。えー、そんなん思ってもうたん?俺が爪切ってたから?」
「……いや」
苦し紛れに呟いたものの不覚にも言葉に詰まってしまう。くそ、考えすぎか。冷静に考えたらアホの瀬戸がそこまで巧妙に状況を操作できる訳がなかった。
瀬戸は赤い顔をそのままににやりとほくそ笑み、俺の顔を覗き込んでくる。
「へえー。期待してもうたん?オニ無欲ガッパの想くんが?へえー」
「人のことイジれる顔色ちゃうでお前」
「そんなん言うてもお前も顔真っ赤っかやん。あー、スケベやなー内海はー!」
小学生並のテンションで瀬戸は俺の周りをぐるぐると回る。失敗した、無駄な恥を晒してしまった。そそくさと眼鏡をかけ直しつつ瀬戸を軽く睨むが、それでも瀬戸はやたら上機嫌に跳ねつづける。苛立ちは更に増し、そのまま感情を隠さず言葉に乗せた。
「そもそも誰のせいでこうなったと思ってんねん」
「え?どういうこと?」
「だから。誰のせいでスケベになったと思ってんねんって言うてんねん」
ぴし、と瀬戸の動きが止まる。ぱちぱちと何度か瞬きしたあと、その顔が極限まで赤に染まった。バブル時代の女子大生の口紅より赤い。
「……お前ようそんなん言えるな。AVの導入ゼリフかと思ったわ」
「自分でもこんなセリフよくもハキハキと言えたなと思うわ」
肩にポツリと雨が当たる。一粒一粒と落ちてくるそれは、やがてパラパラと量を増やし始めた。眼鏡のレンズに雨粒が増えていくのを内側から見つめながら、その先の瀬戸と無言で視線を交わす。しばらくして、瀬戸はおずおずと口を開いた。
「……うち行く?」
「………行く」

セトウツ(瀬戸内海)

「どうしたん。電話めずらしない?」「いや大したことちゃうねんけど」「ほんなら小したことか。小したこと言うてみい」「小したことてなんやねん。『小したことやねんけど』いう話の入り方聞いたことあんのかお前」「じゃあ中したことか」「大中小で物測るのやめてくれへん?いや、今日ちょっとそういうん無しで頼む」「その口ぶりからしてもう大したことやんけ。うんごめんわかった、ちゃんと聞くわ」「ちょっと言いづらいんやけど」「うん」「いや。……ほんま大したことちゃうねんけど」「だからそう念押しするとこがもう大したことである証拠やん」「うん、まあ、こんなん言うた経験ないしどういうふうに言うたら正解かわかれへんねんけど」「うん」「昨日うちの姉ちゃん急に倒れて病院運ばれてんな」「えっ、大丈夫なん」「うん、軽い貧血とかで命に別条とかは全然なかったんやけど。でもなんか自分の中でいろいろ考える機会になった気がして。やっぱりなんか伝えたいって時に伝えたい人おらんようになってるんって良くないなとか思って」「うん」「でもこんなん考えたん初めてやから合ってるかとか分からんけど」「うん」「お前にとってほんま大したことにはなれへんと思うけど」「…お前保険かけすぎちゃう?そういうのん俺の専売特許やぞ」「自覚してんのかい。まあそんでな」「うん。俺何回うんて言ったっけ」「俺お前のこと好きみたいやわ。6回言うてたぞ」
それを最後に内海は電話を切った。ピ!とでっかい電子音ひとつ鳴らしてスマホはうんともすんとも言わなくなる。電話切ったあとの音って漫画とかやとツーツーとか書かれるけど最近ツーツーいうのないから切った感が表現でけへんよな。こうやって定番とか風情いうんは失われていくんかな、とか、考えてる場合じゃなかった。内海は俺のことが好きらしい。長い時間かけて切り出すくらい本気で俺のことが好きらしい。でもなんか、言うだけ言っときたいみたいな、そういうニュアンスの好きらしい。言うたら記念受験みたいな。俺とどうこうなろうとか思ってるようなフシは全然感じられんかった。フーンと思う。なんとなくというほどの確信でもないけど、心のどっかでたぶん俺は分かっていた。俺と内海の間にあったあの感覚、あれは友達以上のなんかを含んでるんじゃないか、と。でも好きとかなんとか言うような感覚ではない気がして、俺は深くは考えへんようにしてきたけど。内海は考えるきっかけをもらってしまったらしい。フーンと思う。まあ向こうがそれでアクション打ち止めするんやったらそれでええけど。フーン。


「お前なんでここおんねん」「東京と大阪て意外に近ない?飛行機で三毛貝ちゃんの単行本読んでたら5ページ目ぐらいでもう着いてんけど」「1ページの情報量えげつないんちゃう。ほんで何しに来てん」「いやべつに、小したことやねんけど」「それで話に入り始める人間の第一号やん」「お前俺のこと好きなんやろ」「お前『気まずい』という感情子宮に置いてきたんか」「ほんで俺あの電話のあとアイス食って、あーピノ食ったんやけど、なんか下の列の一番右のやつがちょっと歪やってんな。でピノって基本キレーな丸やからこれもしかしてハートのピノ言うやつちゃうん思て。ほんでオカンに写真送って見せてみてんけどあんたが箱ガッサガッサ振っていがんだんやろの一点張りでな」「そのくだりなんとか省かれへん?」「いやそれでな、ピノ食べながらお前の電話のこと考えててん。ほんだらなんかミーニャンのこと思い出してな」「うん」「俺もミーニャンに最後優しい言葉かけてあげられへんかったんすごい後悔しててな。もっとかわいいとか好きとか長生きしてとか言っといたらよかったと思って」「うん」「だからお前の行動ってめっちゃ正解やと思うで。言える時に言いたいこと言うんって大事やで」「……え、なんなん?それを言いに来たん?」「ちゃうわボケ。誰がお前のこと肯定する為だけにわざわざ空経由してここまで来んねん」「いや知らんやん。じゃあなんで来たん」「まあな、あのな。そういうわけでな。俺としてはな」「全然話まとまってないやん」「いや、そんでな。俺もお前に言えること言っとこう思てん」「うん。言うたらええんちゃう」「お前なんでちょっと他人事やねん。もうええか?言うて」「べつに誰もストップかけてないやん。はよ言えや」「イライラすんなや。じゃあ言うけど」「うん」「俺もお前のこと好き」「うん」「……ほんでお前みたいに言い逃げする気ないねん」「なんやねん人聞き悪い」「せやからな、うん。あのな。お付き合いしませんか」「………うん」「……お前今日何回うんて言うた?」「6回」

龍アソ未完(大逆転)

「……服を脱がせてもいいか?」
「……だから、いちいち訊くなと言っている」
ごくりと生唾を飲むぼくに亜双義は完全に呆れているが、その体は抵抗もなくぼくを受け入れてくれていた。釦に掛ける紐はすべて外されていたから、それ以外の箇所に手を掛けた。徐々に表れていく肌色に目を奪われる。しっかりとした胸板と腹筋。その所々に古傷があることは知っていたけれど、よく見ると新しい傷も増えているように思える。ぼくの視線に気がついたのかまた思考が漏れたのか、亜双義はその傷について言及してくれた。
「船員をしていた頃は、何分力仕事が多かったからな。客人との揉め事も無い訳ではなかったから、必然的にだ。それに従者になってからは刺客の撃退などもすることがあったからな」
「ああ……新聞にも載っていたな」
「まあ、いろいろと苦労もしたということだ」
「おまえなら大丈夫だったろうと思うけど、無事で良かったよ」
傷を撫でながらそう呟く。その痕がほんのりと赤らんでいるのは、皮膚が薄くなっているからだろうか。耳元では微かに吐息が聞こえてきた。



たぶん前書いた奴の削った部分

龍アソ未完(大逆転)

「亜双義、これ。面白かったよ」
手渡されたのは以前貸した通俗小説だ。愛憎の縺れ故に女が男を殺害してしまう狂気の沙汰を精緻に描いた作品である。そうか、面白かったか。
「ちょっとコワかったけど、人間らしさというのがよく表されてたというか。おまえもこういうの読むんだな」
「参考程度にな」
「参考?」
「事件の事例に似たようなものがあるからな。理解の足がかりになる」
「ああ……。恐ろしいな、人の感情というのも」
眉を下げる成歩堂を見据え、その名を呼ぶ。短く返事をした男の真っ直ぐな瞳はオレの思考を柔く鈍らせた。
「この話の中に正義はあったと思うか」
「……難しい話だな」
オレの表情を見て長くなりそうだと悟ったのか、『続きは牛鍋屋で』と男は柔和な声で言った。そのハラが切実な声を出していることに気がついていたので、笑いながら頷いてやった。

水の入った湯呑みを持ち、部屋の片隅で立ち止まる。何かが頭を殴りつけるような不快な心地が続いている。灯りのひとつもつけていない暗闇だけの部屋の奥には本が鎮座していた。成歩堂に貸したものだった。
いやに明るい月が窓の外から横っ面を差してくる。素足で踏みしめる畳の目の一つ一つをずいぶん過敏に意識することで平静を繕っていた。今、何か一つでも物音が聞こえれば暴れだすだろう、この体は。随分長い間そうして立ち尽くしていたオレは、やがて湯呑みを持つ手から力を抜く。静かに溢れた水が畳に染み込んでいった。



もう上げてたらすまない

セトウツ(瀬戸内海)

高校時代に仲良かったやつおってな、内海いうんやけど。そいつめっちゃ根暗やって、友達ぜんぜんおらんかってん。川のそばでいっつも本ばっかり読んでてな。眼鏡カチャカチャやりながらとにかく本読んでんねん。でも、いやそれやからなんかもしらんけどめっちゃおもろくてな。あれやな、誰とも喋らんと本ばっかり読んでたから知識量えげつないことになってたんやろな。根暗が功を奏してたんやろな。なんか言うたらめちゃくちゃ返してきてくれんねん。なんかそれがめっちゃおもろくて、せやからもう二年まで放課後ずっと内海と川のとこで喋っててん。でも俺が辞めてたサッカー部復帰することなって、内海も受験勉強でめっちゃ忙しなったからあんまり会われへんようなってな。そこからもうそんなに連絡取れてないねん。惜しいことしたなーって思うけどまあこれでよかったんかなーとも思うな。内海からしたらあの時間ってただの暇つぶしやったんやと思うし、内海が新しい人間関係築けていってるんやったらすごいいいことやし。まあ、ええんやと思うわ、これで。あー内海元気かなあ。未だに根暗なんかなあ。コンタクトデビューしてたら笑うわ。高校の同級生に内海の連絡先きいてみよかなあ、でも誰も知らんそうやわー。友達おらんかったもんなあ内海。あーあ。
「ってなるんかなーって想像したらめっちゃ嫌やったから言いに来た」
「……え、何を?」
卒業式の後、なんとなくいつもの場所で座っていたら瀬戸が来た。それに関してはなんとなく予想できていたので、いつもどおりだらだら喋っていつもみたいな調子で終わるんかなあと思っていたのだが、そこでこの言葉。何が言いたいんかまったくわからん。普段と違ってちゃんと制服を着ている瀬戸の手の中で黒筒の紐が風に揺れている。
「俺、卒業してもめっちゃ会うで」
「誰に?」
「お前や」
「……『めっちゃ会うで』って言われてもな。お前の中で思ってるだけやんそれ。ていうか俺東京の大学行くんやけど」
「まあ会いに行くわ。のぞみとひかりに送らせるから」
「新幹線のこと自分の女みたいに言うやん」
「またすぐ会おな、内海」
瀬戸はそう言うとにやりと笑った。夕陽が眩しいのか目を細めている。あ、あの日のと同じや。2月19日、この川で俺がお前に助けられたときの、あのときの顔。思い出になると思って覚悟していた。風化していく記憶を毛布みたいに大切に抱えていこうと。でもこいつはどうやら風化する気がないらしい。相変わらず一等星は空の上でびかびかと光っている。驚くくらい安心している自分に、少し笑いそうになる。
「うん、まあ。わかった」
「おう。次会うたときにまたバルーンさんの近況報告したるわ」
「ボラギノールのCM並に動きないやろそれ」



星のない世界聴いててセトウツだは…;;と思って泣いてたけど二人離れ離れにならないでほしぃ…スーパースターならきっとなんとかしてくれる スーパースターを信じろ(信仰)
カレンダー
<< 2019年01月 >>
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
アーカイブ