主喜多未完(P5)

結局、怪盗団は班目一流斎を改心することはなかった。彼の個展は見事成功を収め、たくさんのテレビ局が彼の作品の多様性・独創性を様々な形で褒め称えていた。杏と竜司には個展終了の日以降顔を合わせてはいない。勿論、祐介にも。あれから一度も会ってはいなかった。
夏も終わり掛けに差し掛かったある日、例のあばら屋の前に立つ。きっとここにはまだ班目と祐介が住んでいるのだろう。以前と何一つ変わることなく、当たり前のように。班目は祐介を養い、祐介を殺している。すべて理解したうえで、チャイムを深く押し込んだ。しばらくの間のあと、引き戸が慎重に開かれる。少し青みがかった髪、線の細い体。ああ良かった、目当ての男だ。
「どちら様で、……!」
祐介はひゅうっと息を吸い込み、目を大きく見開いた。すぐさま戸を閉めようとしてので、手を差し込んでそれを食い止める。おぞましい物でも見るかのようなその瞳、とても素直でいい。
「今更何をしに来た!」
「決まってるだろう、宝を盗みに来たんだ」
「戯言を!お前は宝を盗まなかった、……何も変えようとしなかった!」
絶叫のような祐介の声が住宅街に響く。様子からして班目は家にいないのだろう。女を住まわせている別荘にでも遊びに行っているのかもしれない。そしてきっと祐介もそれを知っている。
「祐介、聞いてくれ」
「消えろ、俺の目の前から!」
喚く祐介の手を強く握る。祐介の体がびくついたのがはっきりと分かった。
初めてその姿を目にした時から決めていた。俺はこの男の作品になろう、そうして生涯を終えようと。この日をずっと待ち望んでいた。そのために仲間も、祐介も見捨てた。けれどお前はこれから俺が掬うのだ。

主モナ未完(P5)

真夜中、傍らに置いたスマホがブブブと振動した。浅い眠りから覚め、スマホを手に取り電源ボタンを押す。脇で眠っていたモルガナもスマホの明かりで起きてしまったようだった。
「何だよ、こんな夜中に」
確認するとチャットが一件入っている。明日どこかに行こうという、ストレートに言えばデートの誘いだった。明日は確か誰との約束もなかったはず、と了承の旨の文字を打つ。いざ送信というところで急にモルガナが勢いよく起き上がった。
「は!?オマエ忘れてんのか!」
「えっ、何が」
「明日はワガハイのブラッシングをするって前から言ってただろーが!」
毛を逆立てるモルガナを前に必死で記憶を探る。そういえばこの前、寝る直前にそんなことを言われたような気がする。あの日はジムに行った後で疲れから倒れるように眠ってしまったのであまり覚えていなかった。
「ごめん、約束してたな。……覚えてないけど」
「覚えとけよ!」
べしんと叩かれたが痛くはなかった。そういえばモルガナに爪を立てられたことってないな、優しいな。

龍アソ(大逆裁)

四日目くらいからだろうか、洋箪笥が開けられる瞬間が分かるようになった。いや瞬間どころか、こちらに向かって足音が聞こえはじめる前からだ。時間帯だけに限らず急に入用で開けられる際なども含めとにかくすべて分かってしまう。まず気配がして、不明瞭にぐにゃぐにゃと動く。次に靴音が響いてこちらへと向かう。最後に木の擦れ合う音が、耳で拾うにもばかばかしいほどのかすかな音がして、そうしてあまりに眩しい光が差すのだ。
「成歩堂。調子はどうだ」
「悪くはないよ」
そうだ、悪くはない。むしろ感覚が研ぎ澄まされているくらいだから、良いといってもいいのではないだろうか。五感のすべてが敏感になっている。この友の一挙一動を取りこぼしてはならないと鋭敏に悟る。それはもはや生きるための手段だった。
しかしそれにしてはどうにも説明のつかない、感情にすらなり損ねた端くれのものが積もっていくのも確かに感じていた。音にもならない音を拾うたびぼくは目を擦り声を整わせる。膝を揃えて大人しく、親を待つ子のようにじっと待っている。息を潜ませる自分に違和感はずっと感じていた。まるでぼくではない人格が植え付けられたかのような、不思議な感情だった。

その不可解な行動や感情の正体はやがてすぐに判明することになった。あれはきっと性愛の絡んだものだったのだ。友人に抱くにしてはあまりに逸脱していた、汚い色すらも含んだ想いだった。ああ亜双義ぼくは本当は、おまえの声ばかりに聡くなっていた。おまえの生み出す音にばかり熱心にちからを注いでいた。ばかばかしいだなんて笑い飛ばさなければよかったのだ。手首に巻き付くように取りつけられた手錠を見て、ようやくすべてに気が付いた。その時にはおまえはもうここにいなかった。


吊り橋効果プラス不戦敗でさんざん歩堂龍ノ介

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