龍アソ(大逆裁)

暗闇の中で小ぢんまり丸まっていると、ああ、という苛立った声が外から聞こえてきた。何だ何だと耳を澄ますと、その澄ました聴覚が「成歩堂」とぼくを呼ぶ声を鮮明に拾い上げる。すぐに細い光が入り込んで洋箪笥の扉が開かれ、眉間に皺を刻んだ亜双義の姿が目映さの中から現れた。じきに寝ようとしていたらしくハチマキは解かれ寝間着を身に纏っている。
「キサマ、何か分厚い物は持っていないか」
「分厚い……?何でだよ」
「……とある問題が発生した」
亜双義の目がぼくから外れ、寝台のほうへと向いた。とある問題、分厚い物。まったく分からない。何か深刻な事態が起こったのだろうか?まさか、密航が船員さんに見つかってしまいそうだとか、そんな事態になっているのでは。
亜双義ははあと嘆息し、ぼくに視線を戻した。そして一言こう呟く。
「実は、枕がずいぶん低くてな。高さを調節したいのだ」
一瞬、場が停止した。その後、ぼくがうっかりへへへ、と間の抜けた笑い声を漏らしてしまったのも仕方ないと思う。緊張していた体から一気に力が抜けた。
「おい、何を笑っている」
「いや、はは、思ったよりも些細な話で、つい……」
「何が些細なものか!由々しき事態だぞ、これは!」
「いやいや、悪かったよ」
ふん、とぼくから顔を背けた亜双義はそのまま自分の荷物を探しに行ってしまった。しばらく物色を重ねたあと、やがて法律全書を手に取り見定めたのち「これにするか」と呟く。いいのか、それは。
「騒がせたな、成歩堂。済まなかった」
「いや、いいよ」
英国に留学する只中のこの男が、まさか枕の高さが変わるだけで眠れないとは思わなかった。図太すぎると思っていたけれど、意外に繊細なのだと知って多少なりとも安心してしまう自分もいる。ううん、この隙がずるいんだよなとその横顔を見つめていると、何だかまた笑いが込み上げてきてしまった。
「……キサマ、そんなに刀の錆にして欲しいのか」

小ネタ詰め

大逆裁(ほぼ龍アソ)


宿泊先ホテルじゃなくて旅館にして良かったなあなんてしみじみ感じながら亜双義の首筋に顔を埋める。浴衣の合わせに手を差し込むと「まだ揉むのか」と疲れきった声を出された。「旅行だからといって羽目を外しすぎるな。体がもたん」「いやあ…畳の上でおまえを抱くと何だか安心して、つい」「…は?」
(雑転生パロ)

ぐずぐずに融けた脳味噌が恋人の眼差しを受け止めている。滑る指先をくすぐったいと思った。「成歩堂」覆い被さる体の肌色が暗く夜闇に浮かび、風景でも眺めているような気分になる。曖昧なぼくの視線を眼光が塞き止めた。「余所見をするな」頬を手のひらで挟まれてしまえば、もう逃げ場はなかった。

「キサマ、よもや忘れているのではあるまいな」「オレはキサマに劣情を抱いているのだぞ」窓の外で雷がぱっと光り、亜双義の輪郭と感情の縁を照らした。雨粒に浸る前髪が水滴を産み出しては地面に落とす。そこから何故か目が離せない。もしかしてぼくは、慢心していたのだろうか。「…聞いているのか」

「実は本当に死んでいたのはオレではなくキサマだったのだ」「……えっ」「キサマは11月19日、運命のあの日に銃で胸を撃ち貫かれた。事件に巻き込まれてしまったのだ」「……」「そして今、キサマは成仏できずにこの世をさまよっている」「………………シックスセンスかよ」「あっはっはっは!!」
(夫婦フーフー日記パロ)

「いつになったら帰れるんだろうな、ぼく達」「……さあ。じきに迎えが来るはずだがな……。しかし、思えば帰る必要などどこにもないのかもしれないな。このまま二人で此処にいても、不自由などヒトツもないのではないか?」「そうかな…」「そうだとも。……振り返るな、馬車などどこにも来ていない」

倫敦塔の頂上で知人が服をはためかせて立っている。こんなもの夢か幻と疑うのも無理はないだろう。「ホームズさん、降りてください」「断る」「ならぼくが其処に行きますから動かないで、」ミスターナルホドー!英国中に響き渡りそうな大音声がぼくを呼ぶ。彼は笑った。「ずっとボクを見ていてくれ!」
(龍シャロBBC版SHパロ)


TOB

未熟!と呟き泣いている女を裏港で見つけてしまった。さらに足音を立ててしまい、見つかった。「すみません、お見苦しい所を」「構わん」そう言ったきり会話が途切れる。立ち去ろうと最後にその横顔を一瞥し、驚いた。やけに愛らしいのだ。…涙を乾かしてやりたくなる気持ちが、少し分かってしまった。
(アイエレ)

「20歳までにあなたより大切な女性が出来なければ、こうしようと決めていました」豪華な花束を片手に持ったオスカーが、緊張した様子で私に四角い箱を差し出している。掌の上に収まるそれの中身なんて見ずとも分かった。…ああ私はきっと、姉失格だわ。「幸い、あなた以上の人は現れませんでした」
(オステレ)

龍アソ(大逆裁)

【亜双義一真の場合】愛してると伝えたら相手は静かにやめてといった。聞きたくないとも。伝えてはならぬこれを果たして愛と呼べるのか、今更ながら疑問に思う。 さんより
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「今さらそんなことを言うんだな」
オレの言葉を聴いた途端、その顔に貼りついたのは今にも泣き出しそうなそれだった。想像していたものとは随分違う。もっと困ったように眉を下げ、視線を逡巡させるものだと思っていたのだが。瞳から発せられている感情は、歓びと怒り、そして悲しみだった。
「これが夢なら、おまえはぼくの願望の産物だ」
板張りの床を軋ませ、成歩堂がこちらに向かって歩いてくる。古ぼけた洋燈に照らされる目の淵が微かに赤らんでいた。何かを噛みしめるように踏み出される足はオレの目の前で止まり、そこから成歩堂は長い間沈黙を携える。その口を開いては閉じを繰り返し、目は苦し気に細められている。やがてようやく口から飛び出した言葉は、ひどく頼りなさげに震えていた。
「けれどおまえがもし、幽霊なら」
成歩堂がそろりと伸ばした手はオレの肩に向かい、しかし触れる直前でだらりと落ちた。開いた掌は拳に変わり、強く握られている。
「……人がこんなにも簡単に死ぬということを、知らなかったわけではないんだ」
「知り合いや身内が亡くなったことが今まで一度もなかったわけじゃない」
「でもぼくが知っていたのは、その死の手触りだけだったんだ」
「寄り添われたことなんてなかった」
「…おまえは……」
「きっとこれから何年経とうと何が起ころうと、同じ姿でこうしてぼくの前に立つんだ」
「おまえはずっと二十三歳のままでそうして、ぼくに愛しているって、言いつづけるんだろう」
「ぼくは返事も出来ずに、……返事も出来ずに」
成歩堂の体から力が抜け、そのまま崩れ落ちるようにそこに蹲る。見下ろした先にある光は今、輪郭を持ち得ていない。この男の幼げな旋毛を愛おしく思っていた。楽しげに笑う時の笑顔を胸のうちでひっそりと愛でていた。どうしてオレのものにしておかなかったのかと、……死の直前にそれに気づいた。
「亜双義」
顔を上げず、成歩堂はくぐもった声で「久しぶり」とオレに告げる。それが最早、オレの手遅れへの返事だった。
思えばこの部屋、道理で見覚えがないと思っていた。どこかの屋根裏のようなひどく薄暗い一室。確実に分かるのは、我が祖国ではない、ということのみだ。しかしそれだけで、いやそれさえ分かってしまえば結論など見えている。嗚呼、時が巻き戻るのならば。きっとこうはならずに済んだ。こんなことは伝えずに済んだ。
「……泣かないでくれ、亜双義」



3話ぐらいで化けて出ちゃった義

龍アソ(大逆裁)

お題「男のいたずら」
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朝、いつものように大学の門を抜けた瞬間、何者かの影がオレの前を横切った。それを認識した途端に目の前で勢いよく合わせられる手、に加えて起こる破裂音の類似。視界が一瞬ちかちかと瞬く。
「はは、猫だまし」
そう言って、オレの前に現れた男――成歩堂は悪戯を成功させた童子のように得意げに笑った。ほう、成る程。そう胸中で呟き、オレも微笑みを返す。
「不覚だが、今回は不意を突かれたな」
「そうだろ? これで驚かないヤツはいないと思うんだよ、ぼくは」
そう言って満足げな顔を浮かべる成歩堂の顔を目に焼き付けたまま、迎えるは放課後。すっかり濃い橙に染まった辺りの端に親友の姿を認める。背後から名を呼びかけ、こちらに顔を振り向かせた。もう学生もまばらな時間帯だ、成歩堂はオレの事にもすぐ気がつく。どうした亜双義と問うその無垢な瞳に近づき、肩を掴み体ごと振り向かせた。頭上に疑問符を浮かべる男の唇を、さらなる困惑に導いてやる。触れたそこはぬるま湯のような温度で、少しかさついていた。二度ほどの瞬きののち、すぐに口を離す。唖然とした成歩堂の表情はもはや筆舌に尽くしがたいほどには愉快だった。
「驚いたか?」
「……そりゃ、まあ」
驚いたけど、と呟く顔がみるみるうちに赤く染まっている。どうやら今回は、オレの勝ちらしい。

司瀧(君の名は)

「バイト先まで送ってってやろうか」
「……いらねえよ」
そうやって有り難くもなんともない提案を確かに突っぱねたはずなんだが、司はいつもの別れ道を過ぎても俺から離れようとしない。コイツ本気でバイト先まで着いてくるつもりかと思い、眉間にこれでもかというほど皺を寄せながら帰れという意味合いを込めた視線を隣に送った。が、気づかないふりでかわされる。何が目的なんだ。
「今日は道、ちゃんと分かってるんだな」
司はまたからかうようにそんなことを呟いて、細めた目を俺に向けてきた。もしこれが漫画なら、今頃俺の顔の横にカチンという効果音が出ている。
三葉のヤツが何かと司と高木を頼ってるんだろう、最近よく二人が放っておけないだとか言って世話を焼こうとしてくる。特に前から面倒見の良かった司の世話焼きぶりはなかなかに酷くなり、俺と行動を共にする事が目に見えて増えていた。良く言おうが悪く言おうが過保護だ。子供扱いかと苛立つところもあるが、これも三葉にとっては救いの手なんだろう。こいつも人の良い奴だよな、とぼんやりと考える。
「なあ、瀧」
不意に司が俺を呼んだ。今までの声のトーンとは少し違う、なんとなく緊張をはらんでいるように取れる質だった。振り返ると、夕陽が反射して幾層の光が閉じ込められた眼鏡の奥で、真面目な眼差しが俺を見据えている。ここまで真剣な顔はなかなか見ることがない。どうしたと返事をすれば、その足が歩みを止める。つられて俺も立ち止まり、司の言葉を待った。どこか探るように俺を見つめる司の視線は、けれど「俺」を探っているわけではないように見える。夕陽があたりを橙色に染めていて、俺と司も例外なく橙に溶け込んでいた。濃くなる夕焼けのおかげで司の表情が読み取りにくい。
「お前が最近おかしいから、俺にもそれがうつったかな」
司の手が俺に伸びて、髪をゆるく掴んだ。指が髪を滑る。薄ぼんやり光っているように見える目が俺を見つめて、その口が少し躊躇うような間を空けてからゆっくりと開いた。
「お前ってさ」
その先の言葉が出ようとした瞬間、後ろで自転車のベルが鳴った。二人で道の端に移動すると、自転車はそのまま道の向こうへと消えていく。
「……で、何だよ」
仕切り直して司のほうを見ると、その目はまたじっと俺を見つめた。しばらくそうしていたが、やがて眼鏡をぐいと上げて視線を逸らす。
「悪い、忘れた」
「はあ?」
思い切り訝る俺を無視して、司は「行こうぜ」と呟いて歩き出す。何が何だかまったくわからない。どんどん進んでいくうしろ姿を慌てて追いかけて隣に並んでも、今度は司はこっちを一瞥もしなかった。
「何なんだよ今日。お前らしくないな」
「お前がお前らしくないからだろ」

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