【亜双義一真の場合】愛してると伝えたら相手は静かにやめてといった。聞きたくないとも。伝えてはならぬこれを果たして愛と呼べるのか、今更ながら疑問に思う。 さんより
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「今さらそんなことを言うんだな」
オレの言葉を聴いた途端、その顔に貼りついたのは今にも泣き出しそうなそれだった。想像していたものとは随分違う。もっと困ったように眉を下げ、視線を逡巡させるものだと思っていたのだが。瞳から発せられている感情は、歓びと怒り、そして悲しみだった。
「これが夢なら、おまえはぼくの願望の産物だ」
板張りの床を軋ませ、成歩堂がこちらに向かって歩いてくる。古ぼけた洋燈に照らされる目の淵が微かに赤らんでいた。何かを噛みしめるように踏み出される足はオレの目の前で止まり、そこから成歩堂は長い間沈黙を携える。その口を開いては閉じを繰り返し、目は苦し気に細められている。やがてようやく口から飛び出した言葉は、ひどく頼りなさげに震えていた。
「けれどおまえがもし、幽霊なら」
成歩堂がそろりと伸ばした手はオレの肩に向かい、しかし触れる直前でだらりと落ちた。開いた掌は拳に変わり、強く握られている。
「……人がこんなにも簡単に死ぬということを、知らなかったわけではないんだ」
「知り合いや身内が亡くなったことが今まで一度もなかったわけじゃない」
「でもぼくが知っていたのは、その死の手触りだけだったんだ」
「寄り添われたことなんてなかった」
「…おまえは……」
「きっとこれから何年経とうと何が起ころうと、同じ姿でこうしてぼくの前に立つんだ」
「おまえはずっと二十三歳のままでそうして、ぼくに愛しているって、言いつづけるんだろう」
「ぼくは返事も出来ずに、……返事も出来ずに」
成歩堂の体から力が抜け、そのまま崩れ落ちるようにそこに蹲る。見下ろした先にある光は今、輪郭を持ち得ていない。この男の幼げな旋毛を愛おしく思っていた。楽しげに笑う時の笑顔を胸のうちでひっそりと愛でていた。どうしてオレのものにしておかなかったのかと、……死の直前にそれに気づいた。
「亜双義」
顔を上げず、成歩堂はくぐもった声で「久しぶり」とオレに告げる。それが最早、オレの手遅れへの返事だった。
思えばこの部屋、道理で見覚えがないと思っていた。どこかの屋根裏のようなひどく薄暗い一室。確実に分かるのは、我が祖国ではない、ということのみだ。しかしそれだけで、いやそれさえ分かってしまえば結論など見えている。嗚呼、時が巻き戻るのならば。きっとこうはならずに済んだ。こんなことは伝えずに済んだ。
「……泣かないでくれ、亜双義」



3話ぐらいで化けて出ちゃった義