「バイト先まで送ってってやろうか」
「……いらねえよ」
そうやって有り難くもなんともない提案を確かに突っぱねたはずなんだが、司はいつもの別れ道を過ぎても俺から離れようとしない。コイツ本気でバイト先まで着いてくるつもりかと思い、眉間にこれでもかというほど皺を寄せながら帰れという意味合いを込めた視線を隣に送った。が、気づかないふりでかわされる。何が目的なんだ。
「今日は道、ちゃんと分かってるんだな」
司はまたからかうようにそんなことを呟いて、細めた目を俺に向けてきた。もしこれが漫画なら、今頃俺の顔の横にカチンという効果音が出ている。
三葉のヤツが何かと司と高木を頼ってるんだろう、最近よく二人が放っておけないだとか言って世話を焼こうとしてくる。特に前から面倒見の良かった司の世話焼きぶりはなかなかに酷くなり、俺と行動を共にする事が目に見えて増えていた。良く言おうが悪く言おうが過保護だ。子供扱いかと苛立つところもあるが、これも三葉にとっては救いの手なんだろう。こいつも人の良い奴だよな、とぼんやりと考える。
「なあ、瀧」
不意に司が俺を呼んだ。今までの声のトーンとは少し違う、なんとなく緊張をはらんでいるように取れる質だった。振り返ると、夕陽が反射して幾層の光が閉じ込められた眼鏡の奥で、真面目な眼差しが俺を見据えている。ここまで真剣な顔はなかなか見ることがない。どうしたと返事をすれば、その足が歩みを止める。つられて俺も立ち止まり、司の言葉を待った。どこか探るように俺を見つめる司の視線は、けれど「俺」を探っているわけではないように見える。夕陽があたりを橙色に染めていて、俺と司も例外なく橙に溶け込んでいた。濃くなる夕焼けのおかげで司の表情が読み取りにくい。
「お前が最近おかしいから、俺にもそれがうつったかな」
司の手が俺に伸びて、髪をゆるく掴んだ。指が髪を滑る。薄ぼんやり光っているように見える目が俺を見つめて、その口が少し躊躇うような間を空けてからゆっくりと開いた。
「お前ってさ」
その先の言葉が出ようとした瞬間、後ろで自転車のベルが鳴った。二人で道の端に移動すると、自転車はそのまま道の向こうへと消えていく。
「……で、何だよ」
仕切り直して司のほうを見ると、その目はまたじっと俺を見つめた。しばらくそうしていたが、やがて眼鏡をぐいと上げて視線を逸らす。
「悪い、忘れた」
「はあ?」
思い切り訝る俺を無視して、司は「行こうぜ」と呟いて歩き出す。何が何だかまったくわからない。どんどん進んでいくうしろ姿を慌てて追いかけて隣に並んでも、今度は司はこっちを一瞥もしなかった。
「何なんだよ今日。お前らしくないな」
「お前がお前らしくないからだろ」