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ユキ夏未完(つり球)

初めて夏樹と手をつないだ。風の冷たさが身にすり寄る秋の日のことだ。去年よく着た気に入りのセーターを纏う俺は、もういっそ半袖でもよかったんじゃないかなんていう無茶でばかなことをふと考えたりしてしまっている。だって、だって好きなひとと手をつなぐだけでこんな戸惑うくらいの熱が体に宿るだなんて思ってもみなかったんだ。指先が触れたときに走った電流にも似ている感覚は、この先なかなか忘れられそうにない。冷気にさらされていた夏樹の手は意外にもほんのりと熱を持っていて、筋張ってかたいそれはでも少し柔らかかった。夏樹は何も言わずただひたすらに歩いているだけだけれど、少し足を進める速度は速くなったかもしれない。俺はと言えば、恥じらいが荒波のように心のなかを打ち乱れるおかげで、夏樹の顔をきちんと見れずにただ俯いているのみだ。木枯らしがまたふたりにゆるりと寒気を運んでくるけれど、そんなものはもうなんともどうとも思えない。ああ汗さえかいているかもしれない、手とか、手とか、あと手とかに!

「ユキ」

思考の海が俺を冷静とは対極の位置に押し流している最中、唐突に夏樹が俺の名前を呼んだ。世界中の優しさを詰めこんだような、でも戸惑いに自分を彩られているような声で。とっさに顔をあげて、なに、って返すことができたのはまだよかったけれど、声色が完全に裏返ってしまったのはよくなかった。ああもう羞恥が沈殿していく。俺の間抜けな返事にすこし笑った夏樹は歩く速さを緩め、つないでいる手の力をちいさくだけど確実に強めた。ぎゅって伝わる感触は、濃縮された幸せみたいに手のひらに残る。たぶん俺はこの暖かみに照らされる感情をひとつの言葉として知っていた。シンプルなのに魅力的で、月にも似たきれいな言葉だ。

「好きだ」

言葉の答えは夏樹の唇でするりと紡がれた。
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