「初めまして」
利口そうなクソガキはそう言った。見ているとイライラするすまし顔だった。俺、いや僕は慣れた笑みをへらりと浮かべ、そいつに向けての外面を形成する。しかし奴の光る銀色の瞳は、僕のそれをそこに映さなかった、ように思えた。考えるとあそこから奴の推理は始まっていたのかもしれない。しかしそれにも関わらず、物語は典型的なバッドエンドといった形に落ち着いてしまうわけだけれども。見透かされるのではないか、という俺の微かな心配は杞憂と化し、けっきょくあいつらの言動は探偵気取りのヒーローごっこだという事実を如実に浮き彫りにさせただけの話だった。簡素で陰鬱なエンドロールが流れる。俺はそのとき、もうどうしようもないくらい拍子抜けしていた。実は犯人だと信じていたやつはそうじゃなく、真犯人はこれからものうのうと生きていくということを知ったらあいつらはどうなるんだろうか。道端でうずくまるガスマスクをつけた男を見つめながら、バカばっかだと心中で呟いた。今日も霧は濃い。

「足立、さん?あれ、なんで」
2回目に僕を見た奴は途端に目を丸くした。次にさっきまでの悠然とした態度とは打って変わって、小刻みに体を震わせ始める。目前の堂島さんは突然の彼の変化に驚きどうした、と彼を案じ、隣にいた天城雪子とそのツレの女も心配の声を一言か二言かけていた。が、奴はそれさえ聞こえない様子で、何がなんだかわからないというように頭を振ってから走り去ってしまう。吐き気を胸に抱えたままの俺はそれをぼんやりと眺めていることしかできず、奴の足音が遠ざかっていった頃には視界がチカチカしてきたのでとりあえず吐いた。たぶんあいつは、僕の顔を見た瞬間に1回目の記憶を思い出してしまったんだろう。どうして俺を見て思い出すのかはまったくわからないが。しかし僕もわりとへぼい精神力を持ち合わせているんだなあ。2回目なのに吐くなんて。2回目の彼はどうやらこの繰り返す時間に馴染めず、みんなのヒーローになるのに少し時間がかかったようだ。前みたいな探偵気取りを続けるには動揺が大きすぎたんだね。