「俺この歌好きだわ。だってみんなも好きだろ?」
そんな言葉を吐いてそんな思考を抱え込んでいた自分のことを、俺はまだ近い温度で感じている。人間すぐに変わるなんてことはそうそうないわけで、今だって俺はそれなりに人の顔色は窺う。だから、当時の自分を否定する気なんてのはさらさらない。孤立は怖い、当たり前だ。俺はその時、好きな曲があった。でもそれは明らかにマイナーで、きっと誰も知らないような代物だった。だから俺は、その歌が好きだなんて誰にも言ったことはなかった。カラオケで歌うだなんてもってのほかだった。孤立は怖いんだぜ。周りに合わせておけば、うまく生きられるんだぜ。いつの俺だって変わらなく俺だ。だからその思考だって、今も心のなかに確実に残っている。
ところが俺の相棒ときたら、そんなのなんにもお構いなしって顔で自分の好きな曲を聴きやがる。自分の好きなものを見ている。しかも、それが周りにすんなりと受け入れられている。とんでもない奴だと思う。
「好きだ、陽介。付き合わないか」
本当にとんでもない。自分の好きなものはきちんと好きで、それをへたに隠さない奴なのだ。しかしそれにしたってどうだろう、男であるお前がどうしてそこまで率直に、同じ男である俺に好きだと告げられる?臆さないにも程があるだろ。俺はいやだぜ。孤立は怖いぜ。後ろ指さされるのは、怖いぜ。
「ただ一緒にいるだけじゃ駄目なのかよ」
「俺ら男同士だぜ。もしバレたら、変な目で見られる。もしかしたら世間全部敵になっちまったりして」
「俺は、純粋に怖い」
率直なままに応えると、相棒は何故か不敵に笑った。訳わかんねえ。
「なら陽介、俺を世間から守ってくれ」
「……普通そこは「俺がお前を守ってやる」じゃねえの」
「守られるだけなんて嫌だろう。もちろんお前のことは俺が守る。お互い様、という精神でこれから頑張ってみないか」
「……マジで」
「マジだ」
とんでもねえなあ。突拍子もないし、際限もなさそうだし、うまくやっていける根拠もないのに。でもなんとかできてしまいそうな気もしてしまうのだから、こいつの言霊は本当に恐ろしい。誰とも合わない、非難だってされそうだし、決してうまく生きてるとは言えないこれからになるに違いはない。けど、人とはまったく違う道をお前となら大笑いしながら歩けそうな予感が、俺はしてしまった。きれいに言いくるめられちまったよなあ。