「いいかいユリアン、男に本当に必要なのは実は知性でも武勲でもなくダンスの上手さなんだ。とっさの場面で上手く踊れるかどうかによってその後の人生が決まると言っても過言じゃあない。というわけで、今から私がお前にダンスを教授しようと思う」
さあ私の手を取りなさい、と結んだのちヤン提督は唐突かつ強引に僕の手を取った。僕があなたの手を取るんじゃないんですか、と言ったところでたぶん通じないだろうな、この人相当酔っているから。しかし深酒ばかりしていると言ってもこんなに酔っている提督は少し珍しかった。楽しそうに鼻歌なんて歌いながら僕ににこにこと笑いかけてくる。ああ、まだ洗濯と掃除が残っているんだけどなあ。
「お前は踊ったことがあるかい?」
「二回か三回だけ、余興みたいな形で踊ったことはあります。得意ではないです」
「そうかそうか。じゃあやっぱり私が稽古をつけてやらないとね。今からお前を立派な男にしてあげよう」
そう言いながら提督はくるりと一回転した。が、その時に思いきり僕の足を踏んづける。もう一度回ってステップを刻んでもそれは同じだった。目の前のふわふわと解けた笑顔はごめんと短く謝り、仕切り直しだと言わんばかりに大きく回ってみせるが結果はまたしても芳しくない。まさかと思い駄目押しとしてもう一度回されてみて、そこで僕は察した。この人、実はものすごくダンスが下手なのだと。だって彼の足はまるで僕の足の上にあるのが定位置であるとでも言いたげにずっとそこにあるのだ。
「あの、提督」
「ん?」
「お教えしましょうか。ダンス」
提督はきょとんとした顔で僕を見る。が、その後あっはっはと大きな声を上げて笑いだした。こうも人から沈着さを奪い去るアルコールとはなかなかにおそろしい代物だと思う。僕もせいぜい過剰飲酒には気をつけなければならない。
「逆だねユリアン。私がお前にダンスを教えるんだよ」
「でも……オブラートに包みますけど、提督は少し個性的なダンスを踊るようなので。一般向けのものであれば僕は多少なら分かりますよ」
「ははは。ユリアン、『オブラートに包む』と宣言したらそれは丸出しと同義だよ。それとオブラートの表面に猛毒を塗るのはよしてくれ」
しかしそうか、やはり下手か。そうつぶやく提督はしかし何故だか上機嫌だった。今までと変わらずににこにこしながら、僕の手をあらためて強く握り直す。
「じゃあお願いしようか。私はね、これのおかげで大きな幸運をみすみす見逃したことがあるんだ。だからもうそんなことがないように、私を幸運が掴める男に変えてくれるかい」
「……さっきからずっと大げさですね提督。らしくないですよ」
「話の丈に合った言葉を選んでいるつもりだよ。ユリアン先生、どうぞよろしく」
恭しげに頭を下げた提督の目尻は穏やかに融けきっていた。「しょうがない」を絵に描いたような人を目の前に、しかし僕も悪い気はしていないのである。ダンスのすごく下手な人間と少し下手な人間の救いようもない舞踏会はゆるやかに開催されて、構われない洗濯物と掃除機を置いて夜はひそやかに過ぎていった。


提督の性格と口調に自信がない
ジェシカとうまく踊れなかったこと微妙に気にしてたらいいな〜的な…