自分の部屋で今までの事件の資料を読み返していると、不意に玄関から扉を叩く音がした。こんな夜更けにいったい誰だろうかと疑問に思いつつ引き戸を開けると、突如『誰か』がぼくを勢いよく抱きしめ、そのままの勢いで床へと引き倒される。頭を打った痛みと状況を把握できない戸惑いを抱えながら相手を見ると、そこには此処にいるはずのない男の顔があった。亜双義一真、ぼくの親友。今は大英帝国で検事の職を立派に果たしている、はずなのだが。
「あ、亜双義?どうしてここに……」
「一時帰国の許しを得てな。キサマに会う為こうして帰ってきた」
「な……」
何で、と問いかけようとした瞬間、輝きを湛えたその瞳が真っ直ぐにぼくを射貫く。『成歩堂』と呼ぶ声もいつもより少し弾んでいる気がして、いつもとは違う雰囲気を感じたぼくはそのまま口を閉じてしまった。
「ああ、成歩堂。相棒よ、オレはようやく気が付いた」
ぼくの髪の毛をめちゃくちゃにするかのように頭をがしがしと撫でられ、犬か何かにでもなったような気分になる。もしや酔っているのかと密かににおいを嗅いでみたが、特に酒臭いわけでもなかった。よく聞け、ともう一度言われて困惑したまま頷く。上機嫌そうによしと呟いた亜双義は、楽しげにその口を開いた。
「思えば何もかも、キサマである意味があった。弁論大会でオレに勝ってみせたのも、ジェゼール・ブレッドを裁いたあの法廷でキサマがオレの隣に立ったのも、そして大英帝国の大法廷でオレに正面から人差し指を突きつけたのも!すべて、キサマである意味があったのだ。ああ愉快だな、成歩堂。奇しくもオレの起伏の傍にはいつもキサマが立っている」
「そうだ、そうだったな。オレはいつもキサマの目や背中を見つめていた。考えることといえばキサマのことばかりで、ここに来るまででもどれだけオレは……、……そう考えれば笑えるほど単純な話だ。向こうで美味い物を食ったとき、団子を頬張り笑っているキサマの顔が頭に浮かんだ。それが全てだったのかも知れぬ」
フフ、と笑って亜双義はよりいっそう強くぼくを抱きしめた。亜双義が先刻からずっと何を言っているのか、残念ながらぼくにはよく分からない。けれど恐らくとんでもないことを言われているのだろうとは何となく感じている。かすかに香る潮のにおいに何故だか心臓が激しく脈打った。亜双義、とその名前を呼ぶと、親友はしばらくののちぼくをその腕から解放する。体を少しだけ離すと、両手をぼくの頬に添えた。手袋越しでも手のひらの熱さが伝わってくる。ぼくを見つめる瞳は剥き出しの感情をそのままこちらにぶつけてきた。誰が見てもきっと全部を悟るだろうその眼差し、隠せていないのではなくて、きっとわざと隠していないのだと思う。
「成歩堂。いいか、よく聞け」
亜双義はぼくの額に口づけてまた髪をなぜ回すと、にこりと微笑んだ。
「オレはこれからキサマに一世一代の告白をする」