ぼくは拳銃を持っている。あのつめたく輝く、絶望にも似た鉄の塊。それを左の手に携えて、かつての親友と対峙している。友の名前は亜双義一真といった。とある理由で帰らぬ人となり、火宅を去った男だった。
この銃、この場所、確実に見覚えがある。どころか、ぼくはこの空間に一度身を置いている。そう、十一月のとある日。ぼくはジョン・H・ワトソンを殺害した罪を着せられ、逮捕された。それを救ってくれた男がこの親友だったのだが、……恩人なのだが、ぼくはいま、この男に銃口を向けている。引き金に人差し指すら掛けている。まるで今からぼくがこの男を殺すかのようだ。まるであの日の冤罪を、本当の罪にするかのようだ。
「成歩堂」
その男はぼくを呼んだ。ものすごく優しいだとか、とはいえ厳しいだとかではない。普段通りに、見かけたから名前を呼んだという感じの声音だった。ああ、生者。正邪?驚くほど亜双義一真に変化はない。けれど、いいか、おまえは死んでいるんだぞ。ぼくのいないところで、しかしぼくの目の前でおまえは命を落としたんだぞ。
「亜双義……」
「どうした、成歩堂」
口元には微笑みすら携えている。どうした、だって?おまえが一番良く知っているだろう。おまえがぼくに銃を握らせているのだろう。亜双義。銃口の中に何が見える?ぼくは分からなかった。いくら覗き込もうと、何も見えはしなかった。おまえなら見えているだろう。……亜双義一真。
「成歩堂」
「亜双義、もういい」
「成歩堂」
「亜双義!」
「成歩堂」
瞬間、ぼくは引き金を引いた、のだと思う。いや、きっと引いたのだ。銃は大げさに揺れたし、ぼくの心はどす黒い何かで埋め尽くされ、やがて弾けた。
意識が彼方へと放られる。赤いハチマキが視界の真ん中でそよいでいる。ゆらゆら揺れるそれは目の前にあって、手を伸ばせば触れられそうだった。誘われるまま手を伸ばす。触れようと指先をピンと張る。けれど、どうしても届かない。もどかしくて、せめて振り向いてもらおうとぼくは男の名前を呼んだ。なあ、………。声は無事に届いたようで、男は小さく体を揺らす。ハチマキのなびく速度が少しだけ早くなる。そのまま男は腰に手をあて、ゆっくりとこちらを振り向いた、その途端。ぼくの意識は場違いにも覚醒してしまった。

真夜中の倫敦の街中は霧に包まれていて、窓の外にいくら目を凝らそうと建物ひとつ見えはしない。冷や汗にまみれた額を乱暴に拭い、渇いた喉に手を添える。眺める部屋の端にある一振りの刀はただ静々と鞘に収まり、そこに存在するのみだった。揺られない体から発せられる違和があまりにも疎ましい。そこに居るのか、亜双義。……居るんだろう。きっとその凛とした双眸を、今も尚、ぼくに向けているんだろう。立てた膝の間に頭を埋め、きつく目を閉じた。


お題「弱い決別」でした
サカナクションのもどかしい日々を聴きながらシコシコ書きました…