よしミスター・ナルホドー、ワインを飲もう!
なんて快活に笑いながら言ったホームズさんは、自分から誘ってきたにも関わらず最早ぼくのことなど忘れて浴びるようにワインを飲んでいた。やけ酒、という訳でもなさそうだ。かといって良いことがあったわけでもないように思える。この人のことはきっと何年一緒に暮らしたとしても理解ができるのは頑張って3割といったところではないかな、と少し考えた。というか理解なんてしないほうがいいのかもしれない。ある日突然、その深淵に飲み込まれてしまいそうだ。
がぶがぶとワインを嗜む彼をただ見ているというのも癪になってきて、ぼくはボトルを持つホームズさんに手のひらを向けた。
「ん、なんだい。この名探偵との握手をお求めかな?」
「……ボトルをこっちに渡して欲しいって意味ですよ」
「ああ、そうかい。はいはい」
少々気だるげにボトルが渡される。ぼくはそれを受け取り、グラスに赤を注いだ。彼は自らのそれを傾けながら横目でそれを見つめていた。半分程まで注いで、すぐに口をつける。仄かな芳醇が這うように舌を舐めあげた。
「おいしいですね、これ」
「ははは、キミが酒を飲んでいるところって妙におかしいね」
「……見た目が幼いからじゃないですか」
「あっはっは!一理あるなあ!」
「すみませんね、幼い見た目で」
「いいじゃないか。ボクは嫌いじゃないよ」
今はそう言うが、明日にはまた違うことを言われそうだ。苦笑を浮かべつつ赤を喉に流す。もういくらか飲んでいるはずのホームズさんの顔はあまり赤くなかった。空になったグラスにまたボトルを傾け、たゆたうそれを口に運ぶ。目前の名探偵と他愛も意味もない話をしながら、何度かそれを繰り返した。たぶんぼくの顔は、少し赤くなっている。
「さて、ミスター・ナルホドー」
とん、とホームズさんが音を立てて床にボトルを置く。その瞬間、場の空気が少し変化した、ように思えた。ホームズさんの表情が変わっただとか、そういうことは何一つ起こっていないのに。