泳げないけど海はすきだった。見ていると落ち着くから。それにさざ波の音が、母さんの声のように胸にしみわたるのだ。もう母さんの声なんて覚えていないけれど、でも聴くと心の底から安心できた。嬉しいときに聴いたら自然と笑顔になったし、悲しいときに聴いたら不思議と慰められているみたいな気になって涙がでた。たまに、いつだって海が見れる場所に住んでみたいと思う。まいにち海を見て、感化されていく感情にいつか名前をつけたいのだ。


「ユキーっ!海いこ、海!」

俺のささやかな願いはばあちゃんによって叶えられた。しかしまさかのおまけつきで。宇宙人だと自称するそいつは、よく言えば変わり者で、悪く言えばよくわからない変人野郎だった。ある日いきなり一緒に住むとか言い出して、何かにつけて俺についてくる。そして言うのだ、釣りをしようと。なんでだよ、おまえ一人でやれよ。主張してもそいつは聞かない。変な水鉄砲を使って俺を意のままに操ってくる。意味がわからない、まったく意味がわからない。なんで俺にそこまで、なんで俺なんだと。考えるばかりの日々は続いた。網膜のフィルムはいつも絶好調で脳を駆け巡っている。ザーザーって。ああ、ずっと静寂の中のさざ波に恋ばかりしている。
と言っても人間順応性というものは誰にでも備わっているようで、夏休みに入る頃には俺はすっかりその宇宙人に好意さえ抱いていた。ハルや夏樹と釣りに行くのは楽しい。すこしまえの、釣りになんて欠片ほども興味のなかった俺が別人のように変わってしまった。これはハルのせいだ、いいやハルのおかげだ。


話の着地点が行方不明になった