「事件の記録を書いたのがすさとちゃんのパパってことは、すさとちゃんのパパは医学博士なんだよね?」
「ええ。そうですよ」
その二言から始まったアイリスとミコトバの医学議論は数十分経った今現在も途切れることなく進行されていた。10歳と45歳の交わす会話とは思い難い高度な見識と単語がひたすらに飛び交っていて、二人の表情は非常に充実していると言いたげに輝いている。ボクはその光景をずっと隣の部屋から覗いているのだがお互いこちらに気がつく素振りもなかった。いや喜ばしいことである、娘と友人がああして楽しげに会話を弾ませているのだから。喜ばしいことであるのだが、しかし何だろうかこの途方もない孤独感は。なぜボクに構ってくれないのだ彼女たちは!ああこんな荒んだ気分の時はキャラメルがいっそう甘く感じるのだ、と胸中で呟きポケットから我が友人を取り出したその時、背後からボクと同じような空気を醸し出す気配を?
??じた。振り返ってみると、そこには何とも言えない表情でミコトバとアイリスを見つめているミス・スサトの姿がある。彼女はワンテンポ遅れてボクの視線に気がつくと、少し慌てたようにこの名探偵の名を呼んだ。
「あ、あの。決して楽しそうなお二人がうらやましいなどと考えていたわけでは……」
何故かあたふたと言い訳を始めるミス・スサトもどうやらボクとまったく同じ心境のようだった。最愛の父と妹のような存在が仲睦まじく、しかし自分の与り知らぬ言語で意思を疎通させているのだ。心のどこかで感じているはずの寂しさがきちんと泳ぐ視線と落ち着かない指の動きに表れている。ボクは彼女に歩み寄り、その細い肩にそっと手を置いた。そしてぐいと顔を近づけ、「きゃあ」とか細い声を出すミス・スサトの美しい漆黒の瞳に寂しげなボクを映り込ませる。
「ええ、ええ。分かっていますよミス・スサト。あれはボクらを差し置いてあんなに楽しげに話している二人が悪いのです」
「ほ、ほ、ホームズさま、顔が少々近すぎるかと……」
「彼らも彼らですよ。ミコトバは娘と友を、アイリスは父親と姉のような存在を置き去りに盛り上がりつづけているわけですから。二人がああいう態度を取るのならこちらにも考えがある」
「か……考えとは?」
眉を下げ困惑した様子のミス・スサトがそう問いかけてくる。ボクはピンと人差し指を立て、もちろん、と囁いた。
「彼ら以上にボクらが仲睦まじくしてやるのですよ、まるで親子か何かのようにね。何なら『おとうさま』と呼んでくれて構いませんよミス・スサト!」
「ええっ……!そ、それは何というか、恐れ多いと申しますか……」
「遠慮なさらずに。さあ、今だけはボクを父だと思って!」
戸惑いをこれでもかというほど顕にするミス・スサトにもう一度「さあ」と促しを入れながらウインクをひとつ差し上げる。その瞬間、後ろから「ホームズ」とボクを呼ぶ声がした。
「先刻からずっと丸聞こえなのですが」
「ホームズくん、うるさいの」
振り返ったボクに対し我が相棒と我が娘はほぼ同時に口を開きピシャリとそう言い放った。冷えた視線が体に突き刺さる。
「放っておいてくれたまえ。ボクは今ミス・スサトと親子としての交流を深めているところなんだ。キミたちはキミたちで知的な交友を楽しんでいればいいじゃないか。ねえミス・スサト」
「うううん、同意はいたしかねますが……」
「もう、すさとちゃんのこと困らせちゃダメなの。ねー、すさとちゃん」
アイリスは呆れた声でそう言った直後、こちらへと歩み寄りボクの手を握った。「それにホームズくんはあたしのパパでしょ?」



オチ!おいオチ!し…死んでる