未プレイ時に書いたもの
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「駆け落ちでもするか」

と、いつもの大天使然とした態度と声域でルシフェルが呟いたのは、確か2日前。彼が何を思ってそんなことを言ったのかはいまいちわからなかったが、ルシフェルがそれを望むならと駆け落ちを了承して、多少の準備をしたあとに出発したのが昨日。そして、冷たい結晶に真っ白に塗り変えられたこのステージで、何をするでもなく隣にお互いの存在を感じながらぼーっと座りこんでいるのが今。辺り一帯が見渡す限り銀世界で、空に解けていく息は煙のように白かった。そういえば昔、始めて寒い土地に赴いたときは、息が白いことに驚いて体の中が火事になったんじゃないかと大騒ぎしたな。今思えばものすごく恥ずかしい。
強く冷たい風が髪を揺らす。鎧の隙間に風が染み入って、少し寒かった。ルシフェルはかなりの薄着だが、そんな衣服で大丈夫なんだろうか、私でもわりかし寒いのに。
少し心配しながら隣を見やると、彼はいつもとなんら変わらない様子で遠くを見つめていた。ああ、そうだった。確か天使は暑いとか寒いとか、そういう感覚は存在しないんだったか。彼らにとっては、いらない感覚だから。でも、それは少し寂しいな。傍にいるのに、体温を感じてもらえないだなんて。

「…一晩でずいぶん遠くまで来たな」

先程まで押し黙っていたルシフェルがふと言葉を零した。突然のことに、少し驚く。そうだなと返して、彼の視線の先を目で追った。降り積もる雪は地上にいた頃も天界にいた頃もあまり目にしたことがなく、ここが本当に私たちにとっては未知の、遠い場所なんだと思想させた。

「さて、次はどこへ行こうか」
「…うーん」

彼はこうやって休憩するたび、次はどこへ行くかの選択を私に委ねる。自分では決めないのかなと思いながら、私は適当に右左と選択してきた。しかし一晩歩きっぱなしではさすがに疲れる。もう少し休憩していたいなと感じたところで、彼がくれたジーンズの収納スペース(確かぽけっとと言ったかな)の中に入れてきた少量の菓子のことが頭に浮かんだ。

「ルシフェル、先を行くのはもう少し後にしないか?実は茶菓子を持ってきたんだ、それを食べよう」
「…遠足気分かイーノック…。出発前に準備していたのはそれか」

呆れたように肩を竦めて嘆息を漏らす。こういう彼の動作はけっこう好きだなあ、なんて思いながら、紙で包まれた「あめ」や「ちょこれーと」を地面に置いていく。これは全てルシフェルがくれたものだ。遠い未来の食べ物らしく、彼はこれらの食べ物を気に入っているらしい。私もこれらを気に入っていた。
赤、青、黄といろんな色の菓子が地面に転がる。ルシフェルはその中の一つを手にとって、包装紙を剥がすとそれを口に入れた。その様子を見守りながら、私も赤い包みのものを掴んで、紙の中の黒い塊を口に入れた。噛み砕くと、甘い味が舌に広がる。

「それで、どうして駆け落ちなんて言い出したんだ」
「ん」

そろそろ訊く頃合いだろう。どうして彼がいきなりこんなことを思いついたのか。例え私たちがどんなに遠くへ行こうとも、神にかかればかくれんぼよりも簡単に見つけられるだろうに。逃げたって、意味がないのに。
ルシフェルは深い赤をした瞳をこちらに向けると、舌であめを転がしながら飄々とした風体で言った。

「理由なく駆け落ちしちゃあ駄目なのか?」
「理由なく駆け落ちすることはあまりないと思うが…」
「ああ…確かにそうだ」

顎に手をやり納得した様子で頷くルシフェル。うーむと唸ったかと思えば、はぁと嘆息を一つ。何か言いにくいことでもあるんだろうか。
「そうだな、少し照れくさいが白状しようか」
「?」

首を傾げると、ルシフェルは「よっこらせ」という大天使にあるまじき掛け声と共に立ち上がり、静かに私を見下ろした。そして、照れくさそうに頬を掻きながら言うんである。

「おまえと二人きりになりたかったんだ」
「……私と?」
「ああ」

私と、二人きりに。