※薬物描写有り
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吐瀉物が床に広がっている。鼻を突くのは刺激臭と、香ばしくて落ち着く薫り。喧嘩だ、今この部屋では壮絶な喧嘩が起こっている。安定と不安定がぐらぐらと殴りあっている。
「いや、困ったな」
ぜえぜえと息を荒げて、目の下に濃い隈をこしらえたホームズさんは呟いた。その手には洒落たカップがおさめられている。中身は、アイリスちゃんのハーブティーだ。ほら、不安定。その顔にはもはや死相が出ているのではないかしら。
「ここまでするつもりはなかった」
ぼくに振り向いてホームズさんは笑った。いったい何をどこまでするつもりだったのかは聞かなかった。……視界の端に、不安定の象徴のような代物を認めてしまったからだった。怪しげなその袋は白い粒をいくつかおさめ、ホームズさんの近くにそっと置いてある。ぼくは唇を噛んだ。何故そんな意地悪そうな表情を浮かべているのか。ぼくへの嫌がらせの末で、こんなことを?いや、きっと違う。彼は彼にとっての過去へ、何か伝言を送ろうとしている。そのために、それを伝えるためにしている行為だ。過去に遡るための手っ取り早い倫理の放棄だった。いったい何を伝えたいのかは皆目見当もつかないけれど、誰に言葉を発したいのかははっきりとわかってしまっていた。そうまでして彼に会いたいのですか。だからこんな、馬鹿なものに手を伸ばす。……責めきれない自分が脳の片隅にいるのは勘づいていた。脳裏で赤がたなびく。
「ホームズさん」
「うん?」
彼は微笑みながらも、眉間に皺を寄せている。ぼくもあなたもずいぶん愚かですね。ここは火宅だというのに、見えもしない空の先を見通そうといつまでももがいている。それが贖罪だと思っている。
「殺しましょうか、ワトソン博士」
言うと、彼は微笑んだ。よろしく頼むよ。ボクもキミの親友を殺そう。そんな物分かりのいい大人みたいな二言を吐く。らしくないですよ、ホームズさん。