兎虎未完(TB)

目の前が弾けるような感覚に襲われた。ほどよく回っていた酔いさえ吹っ飛んでしまうほど強烈な閃光が瞬く。店内の照明がやけに眩しく思えて、ふと目を細めた。晒すようであり秘めるようでもある指先がライダースジャケットに皺を作る。情けなく固まってしまっている自分が心底情けなくてみっともない。先程まで身近に感じていた喧騒が、こんなにも遠くなる、なんて。

「バーナビーくん、どうかしたのかい?」
「え、あ、いえ、ちょっと酔ってしまったみたいで」

ぼうっとしている僕を気にかけるような言葉が四方からちらほらと降ってきた。慌てて口角をつり上げて取り繕う。その間も彼の手のひらは僕の腕をそっと捕らえていた。直接肌に触れられているわけでもないのに、その箇所がやけに熱い。ちょうど視線の斜め下で上機嫌にワイングラスを傾ける彼の褐色の肌は、りんごのような赤さに染まっていた。とろけたような瞳と艶やかに濡れた唇は目に毒でしかない。

兎虎未完(TB)

つまらないことで怒らなくなった。

「どりゃ」

いつものように虎徹さんは職場のデスク近くのゴミ箱にバナナの皮を投げ捨てる。そしていつものようにバナナの皮はゴミ箱に体当たりをしただけでホールインワンとはいかなかった。あっちゃーと呟く虎徹さんが次にとった行動は、ゴミ箱の前を通る僕を視界に入れること。ああ彼がこれから発する言葉が予想できてしまった。

「わりぃバニー、そのバナナの皮さ、ゴミ箱に捨てといてくんね?」

ほらねやっぱり。少し前の僕なら自分でやってくださいと一喝していただろう場面の訪れ。虎徹さんは頭を掻きながらへらりと笑っている。

「…しょうがない人ですね」
「おーサンキュ」

折砂未完(TB)

真夜中、寮を抜け出そうと言い出したのは珍しくも僕のほうだった。そりゃあ普段真面目なイワンがいきなり不良になったとかなんとか言って彼は驚いていたし、僕だって驚いた。こんな積極性が自分の中に潜んでいたのかと、やたら客観的に自分を見つめて少し頬が緩んだりもした。生温い風が僕らの髪で遊んでいく。どこに行こうか、そう言うとエドワードは場所決めてなかったのかよと快活に笑った。頬を膨らませて遺憾の意を示せば、そうだなイワンくんは夜遊びとかしたことないからどこ行けばいいかわからないんだよな、なんて遊び慣れたかのような台詞をエドワードは紡ぐ。そして軽く辺りを見回したあと、『こっからじゃ俺の行きつけの店までかなり距離ありそうだなあ』と残念そうに嘆息した。寮から出たあと闇雲に歩いたせいでこの場所すらどこなのかよくわからない。

折兎折未完(TB)

虎←兎←折
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「なんていうか、僕の中にはずっとずっと同じ人が居座っているんです。父や母もそうなんですけど、愛しい、ではなく恋しい、と思う人が。いるんです、僕の心の中にずっと。その人はいつも僕に笑ってくれて、その笑顔の忘れ方がどうにも僕にはわからなくって。それだけなんです。本当にそれだけ。それだけの理由であなたを突き放しているんです。せっかく僕なんかを好きだと言ってくれたのに、ごめんなさい。でも僕は中途半端な気持ちで誰かと付き合いたくないんです。本当にごめんなさい」

バーナビーさんは実に真摯で誠意のこもった言葉だけを僕にくれた。この人は僕のことをきちんと真剣に考えて、考え抜いた結果に僕の気持ちを受け取れないと言ってくれている。そのことがとてもよくわかって、もう僕はそれで報われたし、充分すぎるなあ、と思うことができた。このひと、断るのうまいなあ。

「好きなんですねえ」
「おかしいでしょう?あんなおじさんを好きだなんて」
「何がおかしいんですか!全然そんなことないですよ」

兎虎未完(TB)

「あなたがワイルドタイガーじゃなくなっても」

僕はずっと鏑木・T・虎徹を愛していきますからね。そう言って笑うバニーは夜の闇の中でだって輝きつづけていた。ちかちか眩しいネオンも届かないような寂れた公園の錆びたベンチにいたって、バニーはきれいに瞬いていた。もうすぐ俺がこの街を去ることを知っているかのように、相棒はふわりと慈愛に満ち溢れた笑顔のまま俺の黒を緑に染め上げていた。くすんだ色ばかりが俺を俺だと主張するのに、バニーには虹色が味方についている。煌びやかなそいつが俺には眩しすぎて、途方もなく悲しい。それでもバニーは俺に暖色をつけようとしていた。虎徹さんには、明るい緑が似合います。黒も似合いますけど、僕にとっての虎徹さんはやっぱり緑です。そう言ってうつくしい微笑みを俺なんかに使うんだ。でも、でもバニー、そうじゃない。俺にはやっぱり黒が合ってるんだ。おまえがスポットライトを浴びるために、俺は辺りを侵す黒にならないといけない。相棒じゃなくて引き立て役としておまえの隣に並んでたんだよ俺は。それに緑が似合うのは俺じゃなくて、ワイルドタイガーじゃないのか。鏑木・T・虎徹に、本当に緑は似合っているのか。
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