フレユリ(TOV)

「ようフレン。オレは見つかったか?」
橋の欄干に座る見慣れた男の長髪が風に揺らいでいる。彼は僕をゆるやかに見下ろしながらその目をすっと細めていた。夢か幻覚か、何かはわからないがユーリ・ローウェルの形は確かにそこにあった。見つかっていない、と返事をすると彼は口角を上げる。
「あの高さから落ちたんだ、見つからねえなら海の底に沈んじまったって考えるのが自然だと思うけどな」
「ずいぶん諦めが良くなったんだな。君らしくない」
「オレはお前の言う『オレ』じゃねえからな。お前が勝手に作り出したもんだ。……自分で作ったもんにぐらい都合のいいこと喋らせりゃいいのによ」
その瞳が三日月に歪む。水面に彼の姿は映っていない。
「まだオレが生きてると思ってんのか?」
「君があんなことで死ぬはずがない」
「買いかぶりすぎじゃねえか」
「殊勝なことを言うな」
君は生きてる、それだけが絶対であり真実だ。そう言うと彼は目を丸くして僕を見る。次の瞬間ひゅうと突風が吹いて、彼の長い黒髪がその顔を隠した。木の葉や花びらが彼の後ろを通り過ぎていく。やがて風が止んでユーリの表情が露わになったとき、そこには満足げな笑みが浮かんでいた。
「お前、ほんとオレのこと好きな」
「……返答は控えるよ」
はは、と笑って三日月は輝いた。相変わらず水面に彼は映らない。

フレユリ(TOV)

「指輪も用意できねえのか騎士様は」
そう言って声を上げて大笑いする友人の人差し指は僕の手の中の花に向かって指されていた。一輪の黒い花だ。風に揺られながら沿道の日陰にそっと咲いていて、僕の足の先がその花に向いた瞬間に彼が好きだということを自覚した。だから急いで花を摘んで遠征先から彼の元へ帰ってきたのだが、……いざ渡してみればこの反応だ!確かに自分でも驚くほど間抜けだとは思う。20を過ぎた男が息を切らして男に花を差し出しながら告白をしているのだ。それに彼の性格上、こんなこと笑うに決まっている。それでも止められなかった。今回だけは絶対にユーリを逃したくなかったのだ。
「はあ。ここ最近で一番笑ったわ」
「……すごく失礼だぞ、君」
「しゃあねえだろ。イケメンの騎士団長様が肩で息しながらちっこい花持って『君が好きだ』だぜ?下町のガキ共でももうちっとは背伸びした告白できるっつの」
やべえまた笑えてきた、と呟いてユーリは再び大きな声で笑い出す。僕はといえばただただ顔を熱くするばかりだ。やはり思いつきで行動するのは良くない、せめてもう少し頭を冷やしてから伝えるべきだった。そう思い花を差し出す手を引こうとしたとき、ふと彼の白い指が僕の腕を掴みそれを静止した。
「待てよ。もらわねえとは言ってねえ」
ユーリの指は花まで滑り、僕の手をするりとなぞる。漆黒の瞳は真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「くれよ」
「……、指輪を買ってくるよ」
「拗ねんなよ、例えだって。指輪は性に合わねえしな」
僕が手を解くとユーリは花を柔らかく掴んだ。花びらを軽くつまみながら笑っている。
「まあこっちも柄じゃねえけど。……悪い気はしねえな」
そう言って上機嫌そうに微笑んだユーリは、その瞳の中に僕をじっと閉じ込めた。そういえば昔から、その目に吸い込まれそうだとよく考えていた。もしかしたら僕はずっと以前からこうして彼に捕われていたのかも知れない。僕の思考を知ってか知らずか、ユーリは静かに目を細めた。
「ありがとよ」
その笑顔はなんだかいつもの彼らしくなく、とても純粋な喜びに溢れているように見えた。まさか、と思いながら僕は息を呑んで次の言葉を待つ。……が、一向に先は紡がれない。
「あの、返事を言ってくれないか」
「言わなきゃわかんねえか?わかるだろ、なんとなく」
「きちんと言葉で聞きたいんだが」
「やだね。言わせたきゃ次は花束持ってきな」
「……君というやつは本当に…」
でも好きなんだろ。そう言われて僕はついに閉口した。昔から口では彼に敵わないのだ。妙に勝ち誇った顔をした彼を見つめながら、僕は一番近くの花屋はどこだったかを懸命に思い出そうとしている。
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