さや杏が平和な世界でキャッキャウフフしてたらそれはとっても嬉しいなって
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あー、人はよくそれを前置きにして言葉を発する。他にも『えー』とか『うー』とか人によって種類はいろいろあるみたいだけど、母音のボス(と、あたしは勝手に思っている)である『あ』+伸ばし棒は世間的にもメジャーであると思う。なんて、あたしの考察はべつにどうでもいいのよ。こんなこと考えても腹の足しにすらなりはしないんだから。ぐるぐる回る思考回路はぐるぐる鳴るお腹に比例する。空腹に気を逸らしたいからといって小難しいことを考えたのは逆効果だったかもしれない。あー、お腹空いたなあ。あ、ほら今もあーって言っちゃった。どうでもいいか。

「さやか!さやかぁー!」

キッチンから聞こえてくるのは杏子の声。そして鼻をくすぐる香りは…焦げ臭いね、うん。またアップルパイ作るの失敗したな杏子のやつ。もう数えきれないぐらい作ってるのに、なんで未だにあたしの手伝いがないと作れないんだろ。あー、ほんとにドジだなあ、杏子ったら。

「あー、はいはい今行くー」

とりあえず、あたしのお腹が満たされるのはもう少し後らしい。キッチンの扉を開けたら、少し焦りながらオーブンを指差す杏子の姿。そこからは毒ガスのように黒い煙が立ち上っていた。

「あー…」
「こ、このオーブンがいきなり煙吐きやがってさあ…」
「こらこら、オーブンのせいにしないの!」

とりあえず今はこれをどう処理するか二人で考えようか。あー、なんか平和だなあ。『あー』の数が増えていくたびそう思える。あー、って待ちぼうけたときだったり落胆したときとかに呟くことが多いけど、今のあたしの『あー』は幸せの意味だから安心してよ。あー、こら、泣きそうな顔しないの!ほら笑って笑って!