主明(P5)

「俺がお前に出来ることをずっと考えていた。どうしたらお前の存在を取りこぼさずに済むのかとずいぶん悩んだ。倫理なんて目に見えないものはもうどうでもよくなっていたんだ、ただお前が生きているだけで俺もうまく息が出来る気がしていた。気づいてるだろう、これは最初から最後まで俺のエゴなんだ。お前の思いすら度外視していた。そんなことは本当にどうでもよかった。俺はずっと、ずっと悩んで焦って嘆いて、どうすればお前に気兼ねなく触れられるのかとずっと、ーーでも答えなんてないんだ、こんなことに。お前は、お前も法に則って見ればただの悪だ。きっと助からない。それがこのゲームの掟なんだ。ならばせめてお前の命の火がながく燃えるよう、俺はお前から俺を奪うよ。それがお前の実りになることを願う。……好きだったよ、明智先輩」
俺から拳銃を奪った傷だらけの男は虚ろな目をしてそんな長口上を口にし、頭に銃を突きつけた。後は轟音、貫通した銃弾は無機質な音を立てて床に転がり落ち、鮮やかな遺物を撒き散らして男は机に突っ伏す。全てがたった一瞬の出来事のように思えた。頭がついていくはずもなかった。怪盗団のリーダーが拳銃自殺。顛末としては何の問題もない、むしろ殺す手間が省けたとさえ言える。それなのにどうして俺の頭はこうも空虚に透いている。どうして全てが消え失せたような思いに囚われている。
こいつは死の間際、俺に同情を差し向けた。可哀想な明智吾郎、お前を救ってやろう。先の言葉を要約すればそうだ。俺は、こいつの自己満足の対象だった。俺たちは互いを道具として見ていた。取って付けたようなこいつの告白は、笑えるほど陳腐だった。明智先輩だなんて良く言えたもんだな。吐き気すら込み上げる。お前の道具になるのだけは死んでも御免だ。お前は俺の道具なんだよ。道具が持ち主を思い通りに操れると思うな、クソ野郎。
男の手から滑り落ちた銃を拾い上げ、血を拭う。何もかもバカみてえだ、汚い空ばかり見て無駄な生涯を送った。男を真似るように拳銃を頭に突きつける。まだ弾は残っていた。
「ざまあみろ!」

主モナ(P5)

「いつかアン殿をドライブに連れて行きたいんだが」
「じゃあ俺で練習する?」
そんなやりとりを経た末に俺はメメントスでモルガナカーに乗り込んだ。デートの練習なので、勿論二人きりだ。
「……いや、ワガハイ自体に乗ってもらうというより、ニンゲンになったあと車を買ってアン殿を助手席に乗せたいなーっていう意味だったんだが」
「でもこの方法でも二人きりになれるぞ。会話も出来るし」
「まあな……今のところは仕方ねえか」
ハンドルを握ってアクセルを踏む。いつもは派手に飛ばしすぎてしまうので、デートだということを念頭に置いて出来るだけ速度を出さないようにした。緩やかに進むモルガナカーは暗い地下を両目のライトで照らしている。周りにはちらほらとシャドウの姿が見えたが、今は無視しておいた。
「雰囲気出ねえな」
モルガナが困ったようにぽつりと呟く。確かにこの場所をデートに選んでしまうのは最悪手だ。しかし誰かのパレスでデートなんて悠長なこともしていられないし、モルガナが車になれるのはこの場所しかない。
「オマエにもし彼女が出来たとして、この場所に連れて来たいと思うか?」
「まずないだろうな」
「うるせえ!」
何故か逆ギレされる。割と荒んでいるらしい。苦笑しながらシャドウを避け、右にゆっくりと曲がった。「明日にでもニンゲンになりてえ」と嘆くモルガナは俺のハンドルに合わせてただ暗闇を走っている。何の楽しみもない、むしろどこか陰鬱とした空間は果てしなく奥へと広がっていた。誰にも内緒で俺たちは闇の先へと下っていく。それが俺にとってこんなに幸福なことをモルガナは知り得ないのだ。
「俺は楽しいよ」
言うと、モルガナは怪訝な声をあげた。へんなヤツだな、なんて半ば呆れたような声色で口にする。
次の階に着いたら帰ろうぜとモルガナが言った矢先、窓の外にホームが見えた。モルガナに気づかれないように、こっそりとそこを離れた。


ぺごくんはいつか寿司屋のパレスを作る

主喜多(P5)

玄関を開けた瞬間に大声で俺の名前を呼んだ週末の訪ね人はどこからどう見てもここ数年連絡すら取れなかった友人の喜多川祐介だったし、さらにそいつはやたらにでかい四角い何かを両手に重そうに抱えていた。まあ、その正体は確実にキャンパスだった。絵を見せに来た、ということだろうか?
「やっと完成したんだ、この絵が。誰よりも早くお前に見せたくてな」
当たっているようだ。喜多川祐介は絵を見せに、俺に数十年ぶりに会いに来た。長年連絡も寄越さず済まなかっただとか、そういう言葉さえ口にすることなく。なあ祐介、俺は何度もお前に電話をかけた。手紙を書いた。一人になったとき、気が付けばいつもお前の名前をつぶやいていた。彼女だって何人かはいたけど、お前の笑顔を思い出すたびむなしくなっていつだってすぐに別れてしまった。なあ祐介、分かるか、俺もお前ももう39になるんだ。初めて東京で出会ったあのときからもう20数年が経った。俺は皺が増えて、お前だって増えた。それなのに、お前はまだ息も止まりそうなほど綺麗だ。面食らってしまう。
「お前の事を考えて、ずっとこれを描いていた。……しかし、顔なんて実物を見なくても記憶の中だけで充分だと思っていたんだが。お前はますます美しくなったな」
さらりととんでもないことを言うところ、まったく変わっていない。恨み言のひとつでも言ってやりたいのに言葉がうまく出てこなかった。
ついこの間祐介の個展を見に行った。どの絵の素晴らしさも俺の言葉では表しきれない。人の醜さも美しさも何もかも、お前は巧みに描き出している。お前は立派な画家になった。あまりにも当たり前な未来だと思ったんだ。だから俺は、ああ祐介、
「お前が好きだ」
唐突にそう告げられた。俺は芸もなく、ただ、目を丸くした。
「言葉より、絵を見てくれれば分かるはずだ」
そう言うと家に押し入り、玄関にキャンパスを置く。強引な行動を呆れる暇も与えられずキャンパスに掛かった布を取り払う祐介をただ見ていた。ばさっ、と白が取られた瞬間、ひとつの絵が顔を出す。それは人物画だった。とても繊細に、緻密に描かれている。その技術ももちろん凄まじいものだったが、何より目を惹いたのは絵から溢れ出る祐介の感情そのものだった。まるでこちらに伝えるために描かれているかのように想いの具現化したそれは、まさしく高校時代の俺の絵だった。この男はずっと俺のことが好きだったのだと、それは億の言葉より明確に示していた。逃れられない、何度だって探られて盗まれる。そうだ、こいつだって怪盗なのだから、当たり前だ。
「ずいぶん時間が掛かってしまったが、これが俺のお前への全てだ」
「よければ、受け取ってくれないだろうか」

主妙(P5)

「診察室へどうぞ」
薬が買いたいと言えば返ってくるお決まりのその台詞、いつもどおりてらてらと光る唇が動いて俺に向かい発せられる。彼女は白衣を翻して受付から診察室へと姿を消した。短く揺れる髪を視線で追う。暫くの間俺は立ち尽くしていた。においたつような彼女のすべてを反芻するためだ。鞄の中のモルガナがもぞもぞと動く。
「おい、早く行こうぜ」

どうぞと促され、使い古されていそうな椅子に座る。彼女はいつものように脚を組んで、俺をじっと見つめてきた。
「今日はどんな薬が欲しいの?」
カルテだろうか、何かの紙を挟んだボードをペンの裏で軽く叩いている。気づかれないように小さく息を吐いた。二人きりですね、なんて言う雰囲気ではない。そんなことは分かっているけれど、考えずにはいられない。男と女が二人きりですね、先生。……すぐ横にはベッドもある。あるのだ。ああ、……ああ、先生!あなたがその線の整った長い脚を上げるたび俺の心臓がどうにかなりそうなんです、あなたに裸にされて胸に聴診器を当てられる妄想ばかりしているんです、冷たいですと言ったらあなたは「我慢して」と俺の耳元でささやくんです、ああ先生、俺はすけべですか、変態ですか、こんな被験者はいやですか、いやですよね分かってるんです、分かっているのに、あなたが脚を組み替えるたび顔が勝手にそっちを向いてしまうんです、先生俺は病気なのでしょうか、あの埃の舞う屋根裏にあなたを連れ込んであのベッドだなんてとても言えない粗末な寝床であなたを抱きたいんです、背中が痛いというあなたに一晩中謝りつづけたいんです先生、頭がおかしくなりそうだ。薬をください、一番高いやつを。明日も明後日も買いに来ますからだから、……ああ先生ほらまた、脚を組み替えないで!
「……見過ぎだよ、キミ」


童貞丸出しのぺごくんはかわいい
妙ちゃんエロいからしょうがないよ…

主モナ(P5)

「ワガハイはいつか絶対に人間になるぜ」
冬の冷たいアスファルトに肉球をつけながらモルガナが言う。その横を歩きながら、うん、と小さく頷いた。
「モルガナならなれるよ」
「当たり前だ!」
ふふんと得意気に笑うモルガナの口から白い息が漏れた。寒いだろうなと心配になる。ポケットに入れた俺の手も氷のように冷たかった。もし同じくらいの背だったら、寄り添って歩けるのに、と思う。モルガナが人間になったら手をつないで歩けるし、俺が猫になったらぴったりくっついて暖めてあげられる。でも今はどうすることも出来ない。……今日はいつもよりいちだんと寒く感じる。
「俺、猫になりたいなあ」
「へえ、オマエ変わってるな。まあ猫も悪くはないけどな」
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