何もしない何もしないと言いながら、氣感体感への執着はあったとおもう。
「これでいいのだ」 ではなく「これでいいはずだ」という、ウソがあった。私には。

今、氣感体感もなくなった。とりあえずどうしていいかわからないし、どうしもしない。




100年ぶりの 世紀末

泣けといわれて

僕は笑った

(ザ ハイロウズ 胸がドキドキ)