2 『透明なチカラ』




落下するリンゴを見て万有引力を発見したというニュートンのエピソードが象徴するように、引力はモノを介して見なければ認識しづらいし、体感もしづらい。 たいがい、多くの人が体感しているのは 重力 だとおもう。

先日発明した運動により、肥田式強健術の『加速度落下』の妙が、ついに躰にシントウした。今の今まで私は、肥田式そのものでは今イチ出来かねていたのである(笑)。
でも現実的にほとんどの人が出来ないでしょう?加速度落下なんて。半端な動作しか出来ないままに何年も、あるいは何十年もやりつづけたあげく、お茶を濁したまま下丹田に圧をかけるだけ。それが我々凡夫なのである。

なぜ出来ないか。一言でいうなら『掴もうとしているから』である。もう一言つけ加えるなら『怖いから』である。死が。

私は、川合式を含めた肥田式の運動法すべては知らないので、もしかしたら肥田式が完成するまでの変換のプロセスの中に、私が先日からはじめた動作とよく似たような運動はあったのかな?とおもったりもするが、、そのへんはいちいち検証しない。大事なのは肥田式研究ではなく私のシンタイである。
そしてもっと大事なのは命乞い運動など行わないことである。シンタイコウ式のこのあたらしい運動も、半端に行うなら、けっきょく、スポーツトレーニングみたいな腹筋運動にしかならない。


さて『踵の踏みつけ』ですが、これは、引力と斥力のダイレクト運動であります。上げた足は大胆に落とします(力を込めるのとはちがいます)。斥力が身体を貫通します(下丹田あたりで止めるのとはちがいます)。
肥田式で説明される『反発力』とは斥力のことです。大胆な引力まかせ(加速度落下)により、大胆に斥力(反発力)が働くのである。



次回予定
『能とバレエのコラボ的シンタイコウ』



2020年体内宇宙の旅



i-modeニュースの見出しに、『47才イチロー氏 、「劇的に球が速くなった」』とありました。

今でもトレーニングをしているというイチローは、体の使い方次第でこんなにもまだ変わるのかということを実感したそうです。現役のときよりも球速が速く重くなったらしい。

おそらく彼は、このブログを見つけ、どこかの記事で何らかのヒントを得たのだろう(笑)

さて51才の私も新たな姿勢の養成法をまたしても発明しました。このブログの過去記事から多大なるヒントを得たことによって(笑)。
過去記事は、玉石混交チックに、間違ったことや、くだらないことや、そのとき一時的にそういう体感になっただけだろうということや、ハッとするほど珠玉の名言(笑)など、いろいろありますが、たまに役に立つことがある。

あたらしく発明した動作法により、肚がムズムズした。私は普段、踵の踏みつけの稽古はしないのですが、ムズムズ肚が踵の踏みつけを欲求した。ので、庭の地面で、おもいきりやった。
すると…




つづく

次回予定
『透明なチカラ』



追記




昨日の記事にて、ベートーベンの第九にまつわるエピソードを書きましたが、今朝たまたまTVでベートーベン特集があったので見ましたところ、私が昨日書いた話とは少し違うストーリーが紹介されていました。第九の初演はベートーベン自らの指揮により、大成功だったらしい。私が聞きかじって書いた話と整合性をとるなら、『しかし誰もがその後やすやすと演奏できるものではなかった』ということなのかな?。

その番組の前に歌舞伎の番組があり、それも見てました。
江戸時代の上方歌舞伎で、坂田藤十郎という幻の天才役者がいたそうです。 藤十郎の遺した演技論の一文に、『身ぶりは心のあまりに』とありました。つまり演技の身体動作は、心からの現れであるように、という意。
さてボディワークはお芝居ではないので、心の表現ではありません。心にとらわれた動作は中途半端なものになります。しかしだからといって、芝居はボディワークより中途半端な運動だということではない。芝居、ボディワーク、あるいは武道だってダンスだって『心が閉じ籠った動作』はしない。これ大事。


で、その番組で知りましたが、身分や身なりが落ちぶれても品位を失わないサマを『やつし』というのだそうです。
歌舞伎の演技で『やつし』をどう表現するかはともかく、わたしは、シンの『やつし』とは、シセイだとおもいました。

シセイは、身分や身なりがどうあろうとも、何の制限もなしに、とることができるのだ。
それは『清貧の思想』のことではないし、『武士は食わねど高楊枝』をくわえるのでもない。
また、腰の反りや胸の張りや脊柱の真っ直ぐさですら、『やつし』の決定的要素ではないとおもう。

身分が成り上がっても、身体を鍛えても、品の無い人はいるだろうし、たとえば姿勢のとても悪いヒロトやエヴァ初号機(笑)が、品位が無いようには私はまったく見えない。

さてここでまたベートーベンの逸話に戻して、話をつなげます。
ベートーベンは、宮廷の貴族のための音楽でなく、すべての人へ向けた音楽をつくることに命を捧げました。『歓喜の歌』はその集大成です。人でなくシト渚カヲルですら、その歌を讃えました(笑)。


『やつし』なシセイは爆発的な歓喜からしかとれないとおもいます。腰を反るだとか、力を抜くだとか、そんなちっちぇえ説明どおりに体をコントロールしたところで、シセイは絶対に決まらないです。


『歓喜の歌』は、シラーという詩人からの影響が大きいらしい。正確には覚えてませんが、『あらゆる分断は、歓喜によってつながれる』的な意味の詩にインスピレーションを受けたらしい。
その詩や歓喜の歌からは、日本神話の『天の岩戸開き』のようすですら連想できます。

しかし『歓喜』といっても、ほんとうはシラーは『自由』と記したかったのではないかといわれてました。じつは当時、政治的な問題で『自由』という言葉を使うと検閲に引っ掛かるため、『歓喜』としたのだと。
ま、そんな言葉のちがいなんてどっちでもいいわ。

♪晴れたる青空 ただよう雲よ















オトとカタチ




音を音以外の何かであらわそうとする場合、音譜になります。言葉を言葉以外の何かであらわそうとするとき、文になります。

中心力をあらわすとき、ボディワークであらわれるのば姿勢や動作です。
でも、その姿勢や動作は、人に見せるため(伝えるため)に中心力そのもの以外のものに置き換えた暫定的手段なのではありません。音譜でも説明書でもなく、それは演奏であり発声なのであります。

ベートーベンの第九は、発表当時は、楽譜どおりに演奏や歌唱できる人や楽器がそろわなかったそうです。よって完成された第九を聴くことができた人も誰もいない。結果、難聴の作曲家の大失敗作だと酷評されたらしい。

しかしベートーベンは、『何十年後かにできるようになるだろう』と予言し、この世を去ったそうです。そしてのちにワーグナーがそれを叶えた。

ちなみに肥田春充は『五千年後ですら…』と言い残し、自身が体現したものが理解されない(人類に分かち合われない)ことに絶望し、去ったという。また、絶対自由への道を示したクリシュナムルティも、結局『変わった人は誰もいなかった』と言い残し、去ったという。
肥田さんもクリシュナムルティも、もう個体としては存在していないので、個体としてそのナニカを表現することはない。だが、動画や写真や文は残っている。しかしながら、動画や写真や文はしょせん『楽譜』である。音を出すのはオノオノガタである。
はじめにあるのは楽譜ではなく音である。はじめにやるのはまず音を出すということです。

そしてまた

ベートーベンは音が聴こえないにもかかわらず作曲をしました。先天的な難聴ではなかったことがそれを可能にしたのかもしれない。しかしオトは、アタマでこねくりまわしたりアタマが察知するよりもはやく、
すでに出ているのである。



次回予定
『縁起がよい』




燃えよシンタイ



武術家が、武術訓練とは別に、精神を鍛えるために座禅を組むといったような演出のドラマがありますね。また、実際にそういうふうに修行している人もいるのだろう。

スポーツや武道は下半身がモノをいう。
よって足をまったく使わずただ静かに座る正座はあくまでも精神鍛練のもの、というふうな扱いかもしれませんが、、、いや実のところは、そうではありません。正座は身体運動です。バリバリに脚を使います。

脚は四分割できます。足部と、足首から膝までと、膝上から股関節まで、そしてそこから上の横隔膜下までは脚である。
たとえるならヌンチャクではなくサンセツコンでもなく、四節棍である。
胴と脚は、肚で重なっているのであります。
脚という武器を胴という手が握っているような処、それが肚だ。

正座では、一番上の脚だけをメチャ使う。それはすなわちひたすら四節棍の『持ち方』を究め抜くような作業である。
それは精神鍛練なのか肉体鍛練なのかと、区別する必要なんてないのです。肚とは肉体なのか精神なのか?と、分けようとすることはナンセンスであるように。







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