正月、珍しく電車に乗りました。座席に腰を降ろし前を見るとそこに座っていたのは、外からは知的障がいとラベルの貼られる女性と、付き添いの方でした。

挙動に落ち着きはなく、時折大きめの声を発しました。周囲の人達はなんとなく平静を装おいつつも心はソワソワのビクビク、ドキドキ空気をほのかに発していました。スマホを見たり外を見たりし(ているフリをし)ながらね。正月ということもあるのか、皆、綺麗なオベベを着ながらね。

でも皆さんのオーラはくすんでいましたし、眼は濁っておりました。その女性への密かな関心以外は、皆さんそれぞれ何かを考えていました。スマホ画面の映し出す現実と向き合っていました。それがいつものこと、それが当たり前の自分であるかのように。

そして私の目の前には皆さんとは真逆の存在がありました。その瞳はキラッキラに輝いており、目が合えば光線に貫かれるような強烈さがありました。綺麗なオベベは着ておりませんでした。過去も未来もほとんど抱えていませんでした。彼女には昨日は無いし、明日など要らないようなのです。

さてここで我々が考えることというのは、あんなことやそんなことですが、。。彼女にとっては全くそんなの関係ねえことです。

ケもなく、ただただただただ光を放つものにとっては、空気を発するものにとっては、空気を読む必要など、ないのでした。ラベルで曇る必要など、全くないのでした。
今年の信念も、空けましておめでとうなのでした。