健気

前記事では、身体を使う事の尊さについて話ましたが、先天的な疾患または後天的な重度のケガや病気で、体の中枢部、体幹に不具合がある人の場合についても少し考えてみます。

自力で歩行出来ないほどの身体で生きている人は、即ちバーチャルライフ でしかないのか?私はそのような身体を施術した経験はないし、自身の経験でも 、両手が数ヶ月使えなかったことはありましたが歩行は出来ましたので、寝たきりの状態については知り得ていません。
ですから大したことを言うことも出来ません。
ですので、自分が責任を持って言えるレベルでの話をするなら、それが治る力が働いている身体についてだけ、少しだけ言えることがあります。

呼吸です。空気は肺を出入りしますが、気は背骨に沿い、身体の中枢を通ります。筋肉や血液よりも、気は先行しています。気が先です。キがモトです。モトキ。元気。決してモドキではありませんよ。
イメージ法を使って気のトレーニングをする場合のリスクは、モドキで終わるとか、イメージがなかなかつかめないとかっていうことがありますけれども。
イメージしようがしまいが、気はあります。
静かに…静かに。静かに呼吸していると、気づけます、気に。体が勝手に呼吸しているのを観察するくらいの静けさで、気は発見できます。
特殊な呼吸法などをするのはその後からで十分です。

よく動く、よく活きるという意志は、気分を奮い立たせて働かせるものではありません。
身体は、元々、そうするつもりしかないのです。

腸脳力

中国武術や気功に通じている方は御存知の、立禅。

あの独特の姿勢で、気を練り、蓄え、クンフーのある体をつくるわけですが。

私は、直立姿勢で気功をします。気を蓄えることはしません。気を通す。だから時間にして十数秒で終わりです。傍目には、少しの間、立ち止まっただけ、の作業です。
厳密には気功とは言わない、ということになるのかわかりませんが…気通…祈祷…とりあえず名前はどうでもいいわ(笑)

蓄えないので、「自分の気」みたいな感覚は薄いです。気は捏造するものではないですが、ゲットするものでもないと思います。

話は少し変わりまして。腸は第二の脳なのではなく、脳が第二の腸なのかもしれないと言っていた医師だったか博士だったかの方がいましたが。言い得て妙とはこのことか。

ドラッグとかバーチャルゲームっていうのは、脳内感覚を満足させているだけで、肚の情報、肚の働きと分断していることが問題です。

諸々全てがバーチャルで満足できるのだったら、身体は要らないでしょう。マモーのように最後は脳と神経だけになって宇宙に飛んでいくことが望みになるでしょう(笑)。

話を前半と繋げまして。ですから私の行っている気功も、ハラの無い、単に脳内麻薬を分泌させているだけの作業だとしたら、それはバーチャル気功(笑)ということになります。ヒェ

身体を使うことの健全さというのは、奥深いものです。スマホの画面で知ったことと、体験を通して知ったことでは、その質と重量は全く違うものです。

からだからだから

肩甲骨の動きが良くなれば、連動する大胸筋もまた、胸骨に貼り付いた状態から解放される訳ですが、こうした時に得られる新しい心身について、くどくど説明したいと思います(笑)

呼吸も深まり、姿勢も自然に良くなります。慢性の肩凝り頭痛も消える可能性は大きいです。 女性は豊胸の効果もあるでしょう。力の使い方、運動の質は明らかに変わります。

そして。大袈裟な表現になりますが、自由!になれます。もう少し控え目に言っても、自由な感覚になります。少なくとも、自分で自分を縛る状態をやめられるのです。

以前、肩首の施術を受けてよほど解放感があったのか、「私、幸せです!!」と大声を放った方がいたり、嬉し泣きをした人もいましたが、そこまで実感があると、コチラも幸せです(笑)。そんな皆さんの表情は劇的に変わっています。

何かを獲得して自由になるというより、不自由を捨てたら自由でしたって感じ。


徒然なるニッポン

和洋折衷と云われる物事がありますけど。

そもそも「和」とは、和合した物事を指すのだと思っています。洋を取り込んだ邦が熟成したものが和なり。

古くは漢字、仏教、ラーメン(笑)など、中国大陸からのものを取り込みました。近代では西洋由来のものを取り込みました。歴史があり熟成完成に至れば「和モノ」になるんじゃないかと思います。 ロック、パスタなどは、歴史が浅いから、洋から取り入れた世代の人達が死んでもソレらは進化熟成してゆけばいずれ和モノになると思います。モノによってはもうすでになってるけど。

洋モノを取り込み中の邦モノは、ともすると「ニセモノ」ですが、それはやがて本物の和モノになる過程でもあるかもしれないのです。
「和者」にも。

混じり物が、純度100%のものに成るという、妙。

エンドオブエヴァン…

私は、ロクな人間ではないのです。
そこまで卑下しなくてもいいとしても、決して良い人ではない(笑)。

優しさなど持っていないのに、なぜウツ症の人を治せるのか。

暴れる人を静めることも出来たのはナゼか。チカラや技で、ではありません。私はね、強くもないガリガリガリクソンなのですよ!チッ。

超能力でもなけりゃあ聖なる力でもない。チカラでも技でも知識でも経験でもないもの。別に良い人じゃなくとも、才能がなくてもあっても、持っているもの。それを誰かにあげることがある、それだけです。



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