スピリチャルでいうところの、サレンダー(明け渡し)とは、何に何を明け渡すというのでしょう。

自分もしくは他人の妄想観念がつくった神、愛、五次元に自分を明け渡してしまうことではないです。それでは結局、信念のアレンジでしかない。つまり何も明け渡してはいないのだ。

仙骨を上げる、と前回の記事で書きましたが、より厳密にいうと、頭の命令によっては上げない。 仙骨に仙骨を上げさせるのである。頭は命令者ではなく観照者です。
肥田春充以外の人間は、皮肉にも肥田春充が嫌った「観念」で「正中心」を妄想してしまう。正中心が肉体物質ではないことが理由ともいえるが、仙骨(仙骨神経や付着する筋肉等含めて)ならば観念ではなく非常にリアルに体感できるのです。誰でも!

明け渡すとは、まず自分に命令をしている自分を 自真に明け渡すのだ。すると信念も信仰もなくても完全に自分が真自られる。自真とは、仙骨にしろ心臓にしろ、その物質の奥中の奥の空間から発する波動だ。

いつぞやに、「我を信ぜよ!」と壇上から宣言した新興宗教の教祖がいましたね。ブッダの生まれ変わりとか言ってましたが、あのオッサンが本当にブッダなら、あの言葉は「俺を信仰しろ」という意味ではなく、テメエを信じろ!という意味で言ってたのでしょう。
それとも、我が宗教に入る自分を疑うな!と言ってたのでしょうか(笑)。


ハイヤーセルフとかいって上ばかりをみていても、漂流してしまう。そりゃあたしかに頭部よりも上にもセルフはあるが、ゼロポイントに立つには、イカリ真自を癒して目覚めさせて肚に降ろす必要があるのである。