真体功7 膜の巻

筋膜皮膜、横隔膜のことをなかなか記述できないでいたが、今回書いてみよう



筋でもあり膜でもあり、随意でも不随意でも動き、上体と下体のアイダ、自と他のアイダにあるもの。 この記述だけで何かピンときていただきたいですが(笑)、もう少し書いてみよう、時間を使って。

これほど観察行にうってつけな部位はない。もちろん気功や整体の術を施す場所としての重要度もデカイ。
意思や意図が働くときこれらは緊張します。働きっぱなしの信念や思い込みに閉ざされていたら。その働きの不完全さ、推して知るべし。 強い意思で強く働かせることも出来るものの、その強い意思を沸き立たせるのは強い意思という小さな波ではなくもっと大波のウネリである。

膜はひとつのものですから、神経や脳の情報速度や質とはワケが違う。そのまんま、ダイレクト。足で起こったことを頭やハラが認知するとかそういう問題ではないのです。足で起こったことは全身で起こったこと、です。情報伝達じゃないです、認知認識じゃないです。そのまんま、ただ起こったことがあるだけ、です。




真体功6

身体の変化だか浄化だか進化だかの記述を してみよう


全身をエネルギーが這い回る。

私は男なのであくまでも空想だが、受胎、妊娠、出産というプロセスに似たような何かを感じずにはおれない。


生存欲求にもとづく、初源の本能的レベルともいえるリキミのネットワークが、剥ぎ落とされていくようである。異常な快感である。果たしてこれが抜け落ちたならば、死ぬことになるのかしらん、などと考えようとしても、頭が痛くなる。 その思考というかリキミのリキミによるリキミのための生き残り大作戦にて、頭部が全身の微細な震動を押さえて止めてしまうからだ。


これって、ヤバイことなのか何なのか、もう仙人かグルにでも訊かないとわからんが、体がパッカーンと開いていく動きは、止められん。先のことはサッパリわかりませんな。


完全に一般的健康的な整体としての話を逸脱してますが、どうでもいい。ハナからコレだったやん、このブログ。てゆうか、ちぶる整体。 てゆうか、全部な。





前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2017年03月 >>
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
アーカイブ
カテゴリー