安物でも高くてイイ物でもボロくなったらボロ、オッサンはオッサン、オバハンはオバハンですが、どんなボロ具合になるかはそれぞれ全然違います。

モノは、作られた時点で、使いぶりだけでは如何ともしがたい素養の優劣が大分決まっています。
ではヒトは?。

私は、大分「決まっていない」と思います。いわゆるイケてるオッサンオバサン、オジイオバアになるのは、使いぶり(生き様)の問題ですが、そういうこと以上に、私はDNAすら書き換え可能なのがヒトの能だと思います。
え?それはあり得ない? DNAは変わらないからDNAだと? …知らんなあそんなこと。今の科学ではどういうことになっているのか、何も調べもしないで書いていますが、どういうことになっているかはどうでもよく、可能なものは可能だと思います。抽象的文学的にDNAと表現しているだけでしかないかもしれませんが、観念の絵空事とは全然思いません。
科学も占いも、それは「ある時点で知ったモノ事」でしょう。

ではどうやって書き換えるというんじゃワレ?え?オイ。 …そうですねぇ、デカイこと言ってしまいましたねぇ…
しかしDNAを書き換えたいと本気で思う人がどれだけ存在するものなのか。あ、今違う言い方も思いつきました。運命よりも自由であろうとするのは、誰ぞ、ジョナサンや。

…ハラがペコペコになったので、もうメシにします。シメ。