夢の中で私はいろいろと何かをしていたようだ。で、目が覚めてその内容はどんどん忘れていった。が、なぜだか以前のちぶる整体エピソードをどんどん思い出した。それを今書く。


1、術後あからさまに自己のインナーチャイルドがビジョンとして姿を現すようになったみつばちさん。ある日の夜、彼女は、暴漢に襲われそうになった(実話)。そのときいつもなら現れるたび泣いてばかりいたチビみつばちビジョンが、猛然と怒りながら現れたという。チビみつばちの怒りにまかせるかのように自分も思いきり暴れ、目の前の男を傘で叩きまくり、男が負けて、事なきをえたらしい(笑)。のちに、普通ならワタシはそんな状況では怖くて身体は全然動かなかったはずだ、といっていた。

またある日、チビみつばちは、シェイクスピアの戯曲を躍りながら朗読しはじめたという。彼女自身はそれを丸暗記しているわけではない。うっすら聞き覚えがあった一言で、これはシェイクスピアだと思ったという。(まわれ、まわれ、ホニャララとかなんとか)。

2、またあるときチビみつばちは、指で空中に文字を書いた。文字の色はギラギラ光っていた。書かれた文字をネット検索してみたら、ラテン語の「汝、平和を欲するならば戦いに備えよ」という有名な格言だった。


3、チビのいるワールドにある巨大図書館では、本が勝手に手もとに降りてきて、勝手にページがめくられる。すると彼女が現実において知りたいことがそこに書いてあるのだった。

↑これって、典型的な「アカシックレコード」のビジョンではないか。
そしてギラギラ光る文字とかいうのは、アストラル界と交信する人がよくそこで光る文字を見るという話と同じじゃないか。
シェイクスピアの作品が、そもそもヒトの集合意識から純度高く紡がれたものならば、集合意識にアクセスすればスラスラ台詞が出てくるのも不思議なことではない。

つまりこれらは、本人の個人的トラウマの話を越えていて、アストラル界に意識が行っているのである。初期のころのチビみつばちはただひたすら泣いていただけだったらしいが、日がたつにつれ、彼女自身をアストラルワールドにいざなうようになっていったのだ。

そしてやがて彼女がみたチビ自分のクライマックス的なビジョンは、自身も怯えてしまう恐ろしいものであった。詳しい内容は割愛させていただきますが、私も当事その話を聞いたときは「マズイ、俺もイマイチわからん」と思い、少し困った。収拾がつかず精神が変になるようなことになったら私(ちぶる整体)では手に負えないかもしれないと思いました。

しかし結局そんなことにはならず、現実生活において彼女はある種のミソギともいえる通過儀礼のような数々の出来事をこえてのち、チビ自分とのセッションおよびアストラルトリップの日々は、その役目を終えたかのように消えた。そして彼女は生まれ変わったのである。



ところで私は正中心力というものを極めてないので、あくまでも漠然とした考えだが、と御断りしたうえで、書いておきたいことがある。
いわゆる超能力的なことというのは、イコール正中心力ではない。姿勢を決めたときの瑞々しく透明感のある状態と、有象無象がハシャギまわりドラマを繰り広げる状態は、地続きにある同じ世界ではない。また、この世界及びアストラル世界での幸不幸のモノサシにおける「幸福」が、イコール正中心なのではない。