その2 ボディフルネスで強健術

肥田式の、聖十字呼吸法というやつはとりたててやっていなかったけれど、本日、身体に動作を任せていたら、ほぼそれらしき運動が起きた。

で、おもったこと、わかったことがある。

肥田式強健術の後期の、下体だとか聖十字式だとかってのは、もう「技法」じゃないですよね。理詰めで作った型じゃないよ、これは「活元中心霊動帰神法」だよ(笑)

で、簡易強健術よりこっちのがわかりやすいのは、腰を反り込むことが中心力ではないということだ。「反りを入れてチカラを込める」的な動作は、過程の話である。簡易強健術においては、ぶちこんだチカラはブチ破られる必要がある。聖十字運動では、肉体的な中心部分は拡張する。チカラは放射されるのですね。



次回予定
「ボディフルネスでチンコもフルボッキネス」






ボディ振音主

ボディワークもマインドフルネスと同じことなのだから、ボディフルネスって言ったほうが、より適切かもしんない。

マインドフルネス(瞑想)と、成功法則メソッドみたいなやつは別物である。成功メソッドとは思考や行為の必勝パターンをつくろうとしているような作業というか作為というか、とにかく「意図」がある。成功メソッドには「失敗」がある。


最強や最善の身体をつくろうという意図で、強健術などをおこなう。これに問題があるわけではなく、誰だってはじめの動機はそんなもんだとおもいます。だが、瞑想や禅が、悟り?という最強?の必勝 パターン?をゲット?するための成功メソッドではないように、ボディの鍛練メソッドはボディフルネスではない。ボディの鍛練の先にボディフルネスがあるわけではない。ボディフルネスがあるからボディは鍛練されることもあるのです。マインドも同じね。

たとえばどこかの関節をやわらかくしたいとするとする。ボディフルネスでは関節をやわらかくするための運動など「しない」のである。運動が「起こる」のです。

関節はやわらかいだの固いだの、そんなものは本来、ない。関節は関節の可動域どおりに可動するというただそれだけの存在である。固いのは関節なのではなく、関節を固くしているイシキである。(整形医学的に診てあきらかな損傷をしている場合は別問題です。あきらかな、です。症的な曖昧なものは、身体の損傷とは断定できないとおもいます)。


と、ここまで上手くちゃんと言えてるかわかりませんが、「マインドでもボディでもどうでもいいけど、そんなのなんだかメンドクサイね、意味わかんないね、考えすぎじゃね?、さぁ、鍛練鍛練!」とかおもわれる人もいるかもしれません。

全然めんどくさくも考えすぎもしない、「何もしなくていい」ことなんだけどな(笑) 。











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