聖中心なるものが何のことを指すのか、今一度それをあらわした人の書を読んでみないとわからないが(読んでもわからないだろうが笑)、生命力を中心としたなら確かに肚腰にまつわる諸々の働きは最重要でありましょうけれども、私は中心感覚といったら線としてあり、「点」はそこかしこにあるので、どこか一点だけを聖なる場所とは特定できない。それでも最重要点を定めなければならないなら、…うーむ。根源、基礎というならやはり確かに肚腰です。特に仙骨です。しかし、「中」丹田つまり「胸肚」が中心だと思います。十字架の真ん中です。私はそこは「真中心」と思います。

中心をとるだけなら、スッと立って非常に微妙にゆらゆらと動く身体に、任せていておればいい。「そこから動く」 のと「それを求めて動く」ではベクトルが違う。私は「それを求めて」一生を使いたくない。「そこから」一生を使いきる他に、ステキなことは無い。