沖縄での記憶をもう1つ。

観光客が歩いてくるのを待ち構えて、写真を撮って売るというバイトをしてたんです。半分位の人達には迷惑がられる仕事でした。いくつもの団体ツアー客の撮影ですから次から次へと息つくひまなくシャッターを切り、アナログカメラでしたから、ピント露出画額を合わせる必要もありました。今思い出してもゾッとするほど大変でしたなぁ。

撮影を終えたら即プリント、速攻で販売所に持ってって、「さぁさぁ素敵な写真が撮れました、素敵な思い出をいかがっすかぁ」などとわめき散らして必死にセールスをするわけですが、とにかくこの一連の流れは時間との戦いで、私は遅れをとらないようにすることだけで精一杯でしんどかった。何ヵ月経ってもなかなか慣れることはありませんでした。足手まとい気味のバイトスタッフだと自覚してたので、せめて便所掃除だけは率先してやるようにしてましたっけな。

繁忙期のある日のこと。販売所で口角に泡を飛ばして喚く私に、実にニコヤカな表情の壮年女性が近づいてきて言いました。
「何十年もロクに会話もせず過ごしてきた夫と私が、見たこともない顔で笑っているんです。私達がこんな風に一緒に笑えるなんて!こんな素晴らしい写真を撮ってくれたのはアナタですか? ほんとうに有難うございます有難う有難う有難う有難うほんとうに有難う」

‥確かにほんとうに素敵な笑顔の写真でした。だが、私は、ただただ時間と戦ってシャッターを切っていただけで、誰のどんな表情も何も覚えていませんし、心など何も込めておりませんし、単なる偶然だったんです。それなのに。心から感謝をされている、毎日早く仕事が終わることだけを考え、早くこの生活の終ることを望んでいた私。


ほんとうに心から嬉しそうにひとしきり「有難う」を繰り返され、私はそのたび「どういたしまして」を繰り返したあと、何気ないふりして便所に行きました。

小便じゃなくて涙がボロボロ出ました。今までとこれからのツライと思うことなんて、なんのことはない、全部チャラだ。私はあの夫婦のおかげで幸福者になっちまった。有難うはコッチのセリフじゃないか。私はボロボロボロボロボロボロボロボロ涙を落っことしました。‥しかしこの便所には何かと世話になるね…



素敵な思い出、いかがっすかぁ。。